第二十三話『森林キビシサ』
「この辺りはワイルドベアと呼ばれる魔物との遭遇率が極めて高いから、一人では来ないように」
選抜した8人を連れて森の中を散策する。危険な場所については予め言っておかないと。
あまり大人数で行動すると、もし魔物などに襲われたら対応が遅れる。もしかしたら守れないかもしれない。なので、なるべく少人数に分けて、動く事にした。
残りの子達にも同じように現地を案内しながら説明をしないと。
手間はかかるが、これが一番安全なのだ。
「ほら、言ってる傍から、本人のお出座しだぞ」
個体としては小さめのワイルドベアが木の陰から顔を覗かせた。
「死にたくなかったら俺の前には行くなよ?」
振り返って忠告する。突然現れた脅威に、程度は違えど皆怯えているようだ。
「俺がついている。死ぬ事はまずないから安心しろ」
緊張を解すように言ってやる。すると、落ち着いた様子だった子供の一人が、
「あっ!!」
と、俺の後ろを見て大きな声を上げた。その悲鳴に似た声の理由を俺は知っている。
「話をする余裕くらいは与えてくれても良いだろ?」
自然の摂理の前で、なんとも自分勝手な言い分を余裕綽々に発する。
背後から二足で立ち、振り上げた前足での強烈な一撃。
『ワイルドベアのひっかくこうげき‼』
俺は背負っている大剣で見事に受け止めていた。
「お前の命を頂戴するが、これは今お前がやった不意打ちと同じく、俺に与えられた権利だ。この世界は奪うか奪われるか。子供への教材として役立って貰うぞ?」
威圧で制限を。動きが鈍らせる。
「この魔物は、俺が殺す。その様子を良く見ておくんだ。これから君達がやるようになる事だからな」
剣を構える。剣技のレベル上げを兼ねた、エーファ直伝の力強い踏み込み。
確実に、一発で相手の命を奪う。鋭く冴え渡った突き。
俺の大剣はワイルドベアの心臓を真っ二つにした。
「ほい、一丁上がり」
生き物を殺した直後とは思えない、軽薄な口調。
「これは生きていく為には仕方のない行為だ。避けて通るのは不可能。だから慣れてくれ」
残酷な現実に思えるかもしれない。だが、これは至って普通な事だ。
「ワイルドベアの肉は食料に、毛皮は装備になる。強靭な骨は武器などになったりもする。どれも必要なものだ」
だから倒せ。自給自足をせねば、倒れるのは此方になる。自然の摂理に従い、理性を持って生きていく。
順応性をフルに活用せねばならないぞ。そう厳しく叱咤するように伝える。
「戦闘訓練をして、基礎的な動きを体に染み込ませてから実戦だな。その時は近い内に必ずくるから、覚悟しとけ」
そう言いながら、片手間にワイルドベアを片付けた。
「今日は森にある危険と、果実などの収穫が目的だったな」
そろそろ行くか。口数が減っている子供を先導する。
「にぃちゃん、生き物を殺すのって楽しい?」
無言だったエントマが物騒なことを聞いてくる。
「俺は特に何も思わないかな。やらなきゃいけないし。いちいち後悔や罪悪感に苛まれてたら、心が病んでしまいそうだからな」
何も思わない。楽しむよりも、もしかしたら危ないのかも。
「ふーん、そっか」
彼はつまらなそうに石を蹴飛ばした。
「楽しんでも良いとは思うぞ。それは人其々だからな。ただし、その感情を制御出来るか。向ける相手を間違えないか。重要なのはそれかな?」
快楽の為、無差別に生き物を虐殺するシリアルキラーに成り果てて貰っても困るからな。
エントマはまた大人しくなってしまった。悪戯好きな彼でも、真面目に思考する。順応性が一番高いのは、案外エントマだったりして。
エントマの成長に期待をしながら、索敵の技能を常時発動し、魔物などを避けながら、先へと進む。
──静かだった彼等もリンゴンを収集する時には、騒がしさを取り戻していた。
一定数、集まったらダンジョンに帰る。元々仲の良いエーファは全員と談笑する。俺はエントマと他愛もない会話を繰り広げた。
それが、気になった別の子が俺とエントマの輪に参加する。
結局は皆仲良くなれるのだった。
そんな感じで、本日の散策は無事終了。
ダンジョン内の何もない空間で41人同時に訓練を積ませ、続きは後日に回す。
──平和な日々は一週間ほど過ぎた。
しかし、そんな充実した平穏など長くは続かない。事件や騒動はやって来る。
10日後。年長者の3人と、13歳と12歳の3人、計5人を連れてジュラの大森林を闊歩していた。
そんな時に、奴らは襲来したのだ。
最初に気付いたのはエントマだった。
「にぃちゃん、なんか変な音聞こえない?」
耳を澄ます。特に聴こえてこない。そう思った、そのタイミングで索敵の技能に敵が引っ掛かった。
「全員静かに!」
指示を飛ばす。正面から魔物ではない何かが群れをなして、此方へ来る。
「あれは……」
体を屈め、なるべく小さくなっていた俺の視界が捉えたのは──
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