第二十二話『年長サンニン』
浅く短い眠りから覚め、朝の鍛練を終えた。朝食にリンゴンを2つ平らげ、爽やかに伸びをする。
「本日の予定は、っと」
眠気など一切なく、冴えきった脳みそを稼働させる。
「年長者3人と対話して、その後は皆に『ジュラの大森林』がどれ程危険な場所か一通り教えるか」
俺からしてみれば歩き慣れた庭みたいな物だが、温室育ちの幼子達にとっては違う。
放っておけば、適当に考えた新技の実験台に使う猪にすら容易く命を奪われてしまうだろう。
それでは困るのだ。あの子らには将来活躍してもらう。俺の都合の良いように動く手足になるのだから。
「客観的に見れば、俺は可哀想な子供を育てた御人好し。だが現実は違うと」
どんな思惑あれど、理想論や綺麗事だけで生きて行けるほど甘い世界ではないのは明らかだ。なりふり構っていられない。
エーファを助けたのだって美人だったのと、情報を持っていそうだったから。
それがどうだ。これだけの利益をもたらしてくれる。彼女は優秀な人材だ。重宝してる。
「役に立った者には褒美を。役立たずには罰を。ようは飴と鞭の配分が大切だ」
独り、屑の戯れ言を戯れに呟く。ダンジョンが出した触手が共感したように、染々と頭を縦に振っていた。
「ダンジョンさんも同意見だろ?」
首の振りが速まった。
「俺の一番の理解者は、やっぱり君だな」
触手と握手(?)を交わし、そろそろ行動を開始するか。と、腰をあげた。
……が、思い直す。別に自分の方から赴かなくとも、相手を此方に呼び出せば良いじゃないか。
「ダンジョンさん、昨日の話は聞いてたよね。手を挙げた年長の子3人の内、誰でも良いから一人ここに呼んで」
目の前に昨日見た覚えのある、男の子が召喚された。
「……え?」
前触れもなく変化した眼前の景色に驚愕を露にする。
「驚くのも無理はない。俺が君をここに呼んだんだ。昨日、俺が君の前に突然現れたのと同じ方法さ」
そう説明してやる。頭の回転が速いようだ。彼は直ぐに理解した。
「なるほど、そう言う事でしたか。得心しました。」
言葉使いからも叡知を感じられる。相当に賢い子のようだ。
「まず名前を。俺のはもう知ってると思うがナナシという」
「僕はサイと申します。以後よろしくお願い致します。」
堅いなぁ。若干やりにくい。もっとフランクに、尚且つ節度を持って接して欲しい。
難しい注文を心の中でつけながら、触手を手招きする。
「サイの資料を頂戴」
頭上から一纏まりになった書類が落ちてくる。そのまま地面に落とすような無様を晒さず、しっかりキャッチした。
「ふむふむ」
キーサが商売相手への商談材料として丁寧に綴ったサイの性格や癖、好みなどが空白などなく、ビッシリと書き連ねられていた。
それに目を通しつつ、彼には何個か質問する。誤情報が混ざってないか、ある程度の確認の意味で。
なので、あまり踏みいった質問はしない。好きな食べ物とか当たり障りのないものを。
「……ふーん、なるほどね」
時間が経った。雑談に紛れさせ、自然に引き出したサイの人間性。
これに書いてある事が大体正しいのは理解した。
「それじゃあ最期に、君は他の2人と同じで14歳。子供達の中じゃ年長者だ。先頭に立って引っ張っていかないといけない。辛い事もあるかもしれないが、3人で協力して乗り越えてくれ。もし、サイらだけではどうしようもない事があったら、俺に相談してくれ」
俺はサイの、皆の父親代わりなのだから。そう締め括って、会話を終了した。
ダンジョンに頼んでサイを転移させる。
数分置いて、入れ替わりで残りの2人の内1人を召喚した。
「サイから話は聞いてるだろ? まず名前を教えてくれるかな? 俺はナナシだ。君は?」
「わたしは……ルイディナです」
「ルイディナ、ね」
外套に身を包み、肌が一切露出していない。声と名前からギリギリ女だと区別できる、これまた一風変わった子が登場した。
サイの時と同じく触手を手招きした。ルイディナに関する資料が降ってくる。それを手に取る。
「ほぅ、これは……」
サイが持つ内面的な欠陥ではなく、身体的な特徴か。だから、外套で体を隠している。
「ルイディナは獣人なんだね?」
「!? …………はい」
息を飲む。遅れて返事をした。俺がそれを把握している時点で、彼女は察しただろう。
「俺は君が抱えてる悩みを知っている。だけど今はどうでもいい。俺は気にしないから。苦しくなって、全てを打ち明けたくなったら言ってくれ」
冷たいようだが、これでいい。甘やかすつもりはない。
キーサの運営していた、あの孤児院にいられるのは14歳まで。つまりサイとルイディナ、そしてもう1人は、なんらかの問題がある。それも特大のやつが。
そして、それが何なのか、俺は資料を読んで知っている。どれも彼等が自分の力で解決すべきものだ。頼られたら手を貸すが、それ以上はない。
「獣人だろうがなんだろうが、俺の庇護下に入ったからには皆平等だ。最初はな? 働ければ働くほど待遇は良くなるが、使えないからといって追い出すような事はしない。見た目で対応を変えたりもしない。そこだけは安心しろ」
俺の治める国と化した、このダンジョンは実力主義だ。方針はまだ定まっていないが、おおよそは決まっている。
得意、不得意、個人に合わせた環境を形成する。それが当面の指針だ。
「そんな訳で、会話でもするか?」
ルイディナとも真意は気付かれないように、会話をした。
これも、正しいっと。
「貴重な時間をありがとう」
最後はサイに言ったのと、似たような言葉を送って転移させた。
また数分置いて、3人目を召喚した。
「君で終わりだな。名前を聞いても? 俺はナナシだ」
「オレっちはエントマって言うんだ! よろしくな!」
元気一杯な獣人の彼は、俺の元まで駆け寄って来て、手を差し出してきた。握手を求めているようだ、
「あぁ、よろしく」
力強く手を握る。すると、エントマも握り返してきた。
「お、中々やるな」
さらに力を込めた。
「にぃちゃんこそやるな!」
父親のつもりだったのだが、彼からすれば俺は兄のように見えるらしい。
まぁ、家族ってのは違いない。些細な事には口出ししない。
俺とエントマは互いに力を発揮しあい、最終的には腕相撲をしていた。
「にぃちゃんには敵わねぇな!」
「そりゃあ、弟には負けられないからな」
一瞬で仲良しだった。
実は彼の資料には前もって目を通していたのだ。全員分、ざっと流し見はしていたが、エントマだけは少々厄介そうだったからな。
それが蓋を開けてみればどうだ? 俺と最も気が合いそうな奴だったじゃないか。
「エントマは悪戯が好きなんだよな?」
「ん? 好きだぜ。なんたって楽しいからな!」
極度の悪戯好きも貰い手が居なかった1つの原因だと書かれてあった。
「俺も好きなんだよ。今度一緒に悪戯しようぜ?」
「にぃちゃん、それいいな!」
話は盛り上がり、サイとルイディナとの対話時間を合わせたもの以上に楽しんでしまった。
エントマとも一度お別れをして、外に出る支度をする。
エーファと8人の子供を連れて森で実戦訓練だ。綺麗に手入れした大剣を片手に俺を含めた10人はダンジョン外を歩き出す……
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