第二十一話『管理ミンナ』
「支障なく順々に事を運べたな。俺にしては中々の手際だったのでは?」
体の一部となんら差異のないダンジョン最深部の椅子に腰掛け、足を組む。
グドーンから帰還して、色々と事後処理を済ませた直後の自画自賛。張り詰めていた糸が切れたのだ。多目に見て欲しい。
「やっと落ち着いたな」
この部屋には俺以外誰もいない。独り言が聞こえている者がいるとすれば、ダンジョンだけ。彼になら聞かれても、なんの問題もない。
エーファに一人にして欲しいと頼み、溜まった感情などを言葉にして吐き出していたのだ。
「強力な戦力の確保。ドワーフの発明を利用して脱出とはよく思い付いたな。我ながら惚れ惚れする手前だ」
自画自賛が止まらない。
ドワーフは土地の権利や、実用化の目処が立たない発明などが原因で苦悩していた。
そこで俺が明らかに美味い餌を垂らしたのだ。
餌の原材料は、好きな物を自由に開発、実験出来る場所を与える。そんな提案。そしたら刹那の速さで食いついた。
あくまで原材料だ。それにどんな添加物が付加されるかは、これからのお楽しみ。
色々と考えて、山賊のような極悪人面を浮かべる。
「彼等の荷物は俺の『亜空間収納』でどうにでもなったし、万々歳だな」
これでドワーフの職人5名を確保。
「孤児院にいた子供達も育てれば強く、賢くなるのは間違いなしだからなぁ」
元々、貴族や奴隷商に渡されるはずだった子供達だ。素質は十二分にある。宝石の原石は磨き方を誤らなければ美しく輝く。
人間の子と獣人の子を半々だろうか。なにか特別な事情な抱えている子もいるようだった。それは後々確かめよう。
とりあえず総勢41人、俺のダンジョンに仲間入り。
「俺とエーファ、ドワーフ5人、子供達41人で合計48人。一気に大所帯となったわけだ」
私を忘れないで下さいよ、ナナシ様! 人間で魔法の天才の声が脳内で再生された気がした。
……サシャ、ナンテノハ、ユメダヨ、ユメ。ゲンジツジャ、ナイ。
扱いづらい厄介者を思い出してしまった。片言で現実逃避する。
「将来有望な有精卵に顔合わせするかな」
──グッと伸びをしてから、指を一回鳴らす。格好良く転移した。
孤児院から連れてきた41人。ドワーフの職人5人には、それぞれ1つずつ部屋を与えている。エーファの自室のような椅子がある部屋ではなく、ダンジョンに頼んで急遽増設してもらった空洞のようなところだ。
生活に必要不可欠な物品は孤児院から拝借した。……断じて盗んではない。拝借したのだ。
家具や荷物を配置する作業を41人総出でやっている現場に突然現れた、オーガ。
偶然此方を見ていた数名の子が驚きで硬直した。
「怖い人じゃないから安心しろ」
彼等と接していた時は、終始被りで顔を隠し、一瞬たりとも素顔を出してなかったからな。驚くのも無理はない。
「ナナシさん、どうしたのですか?」
子供達を手伝っていたエーファが俺に気付いて話し掛けてくる。それを切欠に全員が俺の存在を認識した。
「いや、なに。少し話をしようと思ってね。大変だったのに、皆元気そうで何よりだ」
忙しなく動いてた体を止め、俺に視線が集まる。ここまで注目されると緊張しちゃうよ?
一挙一動、振る舞いの全てに注意する。変な真似は出来ないな。
「俺の声が聞こえるよう、なるべく近くに集合してくれるかな?」
そこそこの声量で指示した。
「手に持ってるものはその場に置いといて良いから」
箪笥を抱えたままやってこようとする子に言う。キーサの躾は行き届いているようで、数秒で集まった。
「立ってると話しづらい。座ってくれ」
「みんな座りましょう」
俺の言葉だけでは何故か渋って従ってくれず、エーファが反復して優しく言うと座った。
「まず最初に。俺の顔を見るのはベル以外初めてだよな。俺はナナシ。君らをここに連れてきた張本人だ」
名前は既に名乗っている。声で同一人物だと判別されたのだろう。疑う者は誰一人としていない。
「いきなり本題に入るが、信じていたキーサに裏切られたのは辛かったよな」
オーガである事実には、これ以上触れなくても平気そうなので話を展開する。
悲痛な表情を浮かべ、瞳を潤ませる者が多い。鮮烈に残った記憶がフラッシュバックしたのだろう。
「だけど人間の皆が皆悪い奴な訳じゃない。これは小さな君達でも分かるだろ?」
個人の好みで、好きな友達、嫌いな友達は居ても、根っからの悪人みたいな子は此処にはいない。だからこそ言える。
「エーファは良い人だろ。なぁ、ベル?」
「……ボクの大切な友達だよ?」
「そうかそうか」
最前列にいるベルの頭を屈んで撫でてやる。嬉しそうに目を細めた。
「彼女は見ての通りエルフだ。そしてベルは獣人。……エーファ、俺はいい奴だろうか?」
「ナナシさんは私の命の恩人です。いい人なんて安っぽい言葉じゃ言い表せません」
「そうか。ありがとう」
俺の伝えたい事を少しでも理解してくれたら嬉しい。
「俺はオーガだ。だけどエルフのエーファとも獣人のベルとも仲良く出来る。勿論、人間とも。つまり大事なのは種族ではなく、その人個人だ」
種族など些細な違いだ。大切なのは、相手が信用に値するかどうか。
「キーサは偶々悪い奴だった。まだ信じられない人もいるかもしれないけど、それが真実」
真剣に耳を傾けてくれてる。疲れているだろうに。
「ならば俺はどうだ? 俺の口から信じてくれ、と言うだけなら、いくらでも可能だ。これほど無意味な行動はないが」
山場だ。噛まないように、ゆっくりと、それでいて感情を込めて紡ぐ。
「だから俺は、そんな事は言わない。難しいだろうが君達が決めてくれ。俺が真に信用に値する人物か」
溜めて、溜めた。最後の一言。
「今日、この時から俺はいつまでも君達を我が子のように思ってるから」
新しい感情が自分の中で芽生えたような気がした。この気持ちを大切にしていこう。
「伝えたかったのは、これだけだ。俺は君達を歓迎している。立派に育ち巣立っていくその日まで、全身全霊で守っていく。その日までよろしくな」
悲しくて流れる冷たい涙はもういい。嬉しくて流れる温かい涙をこの子達には流してほしい。
「ナナシさんは、優しいですね」
背後に控えていたエーファが小さく一言だけ、そう残した。
「うるさいなぁ、俺は普通だ。この世界が優しくなさ過ぎるだけ」
苦難が付きまといっぱなしだからな。この世界は。子供くらいには少し優しくしても良いだろ。俺だけなら神様も許してくれるはずさ。
「そうだ。後もう1つ。用事があった」
おやすみの挨拶でもして立ち去ろうとしたら、思い出した。
「この中で年長者は誰かな? 手を挙げてくれるか」
俺の質問におずおずと3人が手を挙げる。
「3人だね。よし、覚えたよ」
明日また個別に呼ぶから覚えててね。そう言い残す。
「疲れてるだろうから、俺はこの辺で退散するよ。ゆっくりと眠って疲れを落としてくれ。それじゃあ、おやすみ」
来た時と同じように指を一回鳴らして転移した。
「……俺も寝るか」
いつもの体勢で目を瞑る。就寝しようとした。すると触手が俺の頬をペチペチと叩く。
「触手君、なに?」
どうやら、誰かがダンジョンに入ってきたらしい。
「ダンジョンさんが知らせてくるって事は知り合いかな? だとすると──」
一人しかいないな。
「サシャが帰って来たのか……」
刹那の間だけ思考して、結論を出す。
「ほっといていいよ。死にそうになったらエーファの所まで転移させてあげて」
鬼畜な発言を最後に、俺は今度こそ眠りについた。
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