第十九話『抵抗モノタチ』

「エーファが死んだと噂が流れてきた時はやっとあの邪魔物が消えたと喜んだのに、まさか本当は生きてて、しかも強い協力者がいるなんて。厄介なのが、さらに厄介になったと歯噛みしたわ」


 ベラベラと勝手に話始めるキーサ。静かに耳を傾ける。


「だから直接手を下す事にしたの。もうめんどくさくなっちゃった訳。貴方達がいたら、いつまで経っても安心して人身売買が出来ないからね」


 真性の屑だな。歪みきってやがる。本性を上手く隠してたものだ。

 その豹変ぶりに、エーファは驚き、ベルは怯えきってしまっている。

 倒れている俺の横で服の端を持ち、固まっている彼女がとても可哀想で。胸が張り裂けそうだ。


「貴方達が平和ボケしてて助かったわ。特に貴方。ナナシとか言ったわね。初対面の人間を簡単に信用するなんて愚かね。貴方それでも魔族?」


 キーサは嘲笑する。他の取り巻き共も一緒になって笑う。


「エーファにはお得意様の所に奴隷として献上しましょうかね。ベルは手筈通り依頼者の貴族様に。ナナシは殺してしまおうかしら」


 これからの段取りを一人の男と話す。あえてこちらに聴こえるように。


 エーファが悲しそうな顔を浮かべ、本当に申し訳なさそうに俺を見ていた。


 彼女に目で、大丈夫だ。俺に任せろ。と言う。


「お喋りはその辺で良いだろ。覚悟は出来てるだろうな、お前ら」


 沈黙を貫いていた。だが、それも終わりだ。聞きたかったものは聞けた。これで殺しても文句はないだろ。な、エーファ? ベル?


「貴方、なんで動けるの!?」

「麻痺系の毒だろ、茶に仕込んでたのは。ジュラの大森林で採れる薬草に含まれているものだ」


 俺を舐めてるのか? 棲んでる森の事くらい把握してる。人間には分からない、特徴的な香りを発する薬草だ。危険性など、とうの昔に知っている。


「飲んだふりをしてたに決まってるだろ。色々と話すのを待ってたんだよ」


 索敵の技能で、敵が近くに潜んでいるのもバレバレだったからな。

 ここに集めて一網打尽にする方が効率が良いと考えたのだ。


「でも、丸腰のお前一人で何が出来る!」


 周りの雑魚が喚く。全部説明しないと理解出来ないのか。自分の敵がいるかもしれない場所に手ぶらで来るわけないだろ。

 亜空間収納から得物を取り出す。使い慣れた大剣を。


「誰が丸腰だって?」


 笑いながら言う。相手は舌打ちをした。


「さて、どうしようもない悪党ども。君達が馬鹿にした魔族が、君達に教えてあげよう。一体どちらが本当に愚かなのか」


 口角を吊り上げ、牙を露出させた。その凶悪な暗黒極まる笑顔に彼等は一歩引く。


「動くな! そして逃げれると思うなよ。君達はここで一人残らず皆殺しだ」


 威圧。恐怖で声を向けられた者の体は硬直する。

 その瞬間を見逃さない。この狭い室内で最も人が密集している所に移動した。


「え?」


 あまりの速さに、眼前に立たれた男は小さく疑問の声を出した。──ただそれだけだった。


 一秒先の未来では首が胴体とお別れしているのだから。


「ほら、ボケッと突っ立ってるから三人死んだぞ? 次に死にたい奴は誰だ?」


 一拍遅れてその事実を知覚したキーサ達。一人が脱兎のように逃げ出そうとした。

 

 収納していた短剣を取り、投げた。背中から心臓を貫通し胸の辺りから先端が突き出し絶命。


「逃げれると思うなって言ったろ? 敵前逃亡は即ち死だ。大取りのキーサを除いて三人。死にたくない奴からかかってこい。殺してやるから」


 そうやって脅す。するとその内の一人が倒れているエーファの方へ行った。


「人質とか汚い手を使おうとするとか。俺を怒らせるだけって何故分からないのか」


 ゴキッ! 小気味の良い音をさせながら首を折り、命を奪う。

 死体となったそれを蹴飛ばし、エーファから遠ざける。穢らわしい。

 エーファの傍にいるベルにも悪影響だ。死んでも迷惑なんて、良い所なしだな。


「残すは二人。手応えが無さすぎて飽きてきた。さっさと済ませるか」


 瞬殺した。なんて事はない、猪狩りよりも楽な作業だ。


「ごめんなさい。私、なんでもしますから! どうか命だけはお救いください!」


 一人残されたキーサは床に這いつくばって無様に命乞いを始めた。


「ふーん、そう。じゃあチャンスをあげようか」


 その言葉に表情を明るくする。


「ベル、頑丈な紐とかないかな。キーサを縛れそうなやつ」


 無言でベルは別の部屋から紐を持ってきた。それでキーサを縛りあげる。


「抵抗するなよ。した瞬間、君の命はないからね?」


 声に威圧を乗せる。それでは断罪の場所まで行こう。

 動けないエーファは力持ちのベルが運んでくれた。


 俺は外套を着直しながら、廊下を歩く。



 ──移動して、着いたのは孤児院の中でも、子供達がいる空間。遊んでいた子達に集まってもらう。


「ここで子供達に悪事の全てを正直に話して、皆に許して貰えれば君の命は奪わないであげよう。だけど一人でも許さないって子がいれば、君は死刑さ」


 精々頑張れと言わんばかりの口調で実質死刑と同然のチャンスを与えた。どのような足掻きを見せるか、楽しく拝見させてもらおう。

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