第十八話『客室ワナワナ』
エーファに導かれ孤児院が目と鼻の先ほどに差し掛かった。辿り着いた時間がドンピシャだったようだ。何がドンピシャかって?
孤児院らしき建物の正面ではなく、裏側から男の怒声が聞こえてきたのだ。
「なんかあったみたいだな」
俺とエーファは裏に回り込む。そこには件の獣人だと思われる女の子と孤児院の管理者風の妙齢な女性。そして悪人面をした男が複数いた。
察するに、男共が力ずくで女の子を連れ去ろうとしているのを妙齢な女性が身を呈して止めようとしている図だろう。
無防備に背中を晒す取り巻きの男の背中を蹴飛ばしながら、俺はその騒動に乱入した。
「痛ぇな! 誰だオラ!」
無様に倒れた男が此方を見上げながら、睨み付けてくる。そんな格好で凄まれても全然怖くない。
「白昼堂々なにしてんだ、てめぇら?」
知らない奴の登場に気を取られ、女の子を掴んでいた手が緩んだらしく、逃げた彼女は妙齢の女性の背に隠れていた。
「そんなの部外者のお前に関係ないだろうが!!」
口々に思い思いの罵声や怒号を上げる輩達。
「うるさいな。囀ずるな、雇われの愚者の群れ如きが」
腹に響くような重さと低さを併せ持つ声。決して大きくはない、その一言だけで彼等は口を噤んだ。
「散れ、烏合の衆が。頼むから俺に子供の前で人を殺すような愚かな真似をさせないでくれ」
外套の隙間から微かに覗く眼光の鋭さに居竦まれ、怖じ気づく。足を絡ませながら奴らはバラバラに散開した。
「エーファちゃん帰って来てくれたのね! 彼がエーファの言ってたとても強くて優しい人?」
女性がエーファに話しかけ、獣人の子は無言で外套を被っているはずのエーファに抱きつく。嗅覚は人間より優れているので、体臭などで判断したのだと思われる。
「遠い所を御足労頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、俺はエーファに頼まれて来ただけですから」
エーファと女の子は仲睦まじくしている。その間に保護者である女性と挨拶を交わし、中に入って話をする事となった。
客人を通すのであろう、清潔に整理された部屋に案内される。椅子にでも座って、楽にしていてください。そう言われたので、お言葉に甘えて楽にしとく。
「『威圧』の技能、取得しといて助かったな。早速役に立つとは思いもしなかった。流石の的確な判断だな、エーファ」
「私の助言がナナシさんの為になるとは。嬉しい限りです」
二人きりになったので、彼女への評価が一段階上がったのを、分かりやすく伝えておく。
エーファが街に到着する前に技能の話を持ち出し、『威圧』を取得すればどうでしょうと提案してなければ、こうも簡単に切り抜けられてはいなかっただろう。
「予想以上に効いて、使った本人が一番驚いたけどな」
「ナナシさんは目付きが悪いですからね」
「気にしてるんだから、本当の事でも止めてくれよ」
冗談ぽく言うと、エーファはクスッと笑って「ごめんなさい」と謝った。
そんなやり取りをしていると、人数分の飲み物を持って、二人が部屋に入ってきた。
それぞれの前に配られたので、礼を言ってから一口、口に付けた。
横に座っているエーファは美味しそうに飲んでいた。
「貴方はナナシさんですよね?」
「はい、そうですよ」
「エーファちゃんから伺っております。種族の事も知っているので、顔を出して頂いても結構ですよ」
「あ、そうなんですか。それは有難い。顔が見えないとやりにくいですからね」
つられて敬語に似た口調になりながら、着ていた外套を脱ぐ。俺の顔は恐ろしいらしく、女性は一瞬身動いた。
対して獣人の子は大した興味もなさそうだ。その辺り少し猫っぽい。
「俺についてはある程度知っていると。ですが、俺は貴女達について何も知らない。まず名前を聞いても?」
「そうですね、名乗り遅れました。私はキーサ。この子はベル」
名前は把握した。それだけで充分。本題に移る。
「単刀直入に言おう。俺にベルを引き取らせてくれないかな?」
まず、ここにいるよりも安全だ。
さらに、大人になれば必ず自立しなければならない。ならば今の内から練習しとけばいい。
エーファの信頼を獲得出来てる辺り、俺は信用に値する。悪いようにはしない。
メリットが圧倒的だ。問題は本人の意思である。
「ベルはどうしたい?」
「ボクはエーファ姉ちゃんと一緒にいたい……お兄さんも気になるし……」
消え入りそうな語尾が特徴的な、話し方をする。相当自由な子らしく、俺の傍まで来て臭いを嗅ぎ始めた。
気になるってのは、臭いのことなのかな?
「私はベルちゃんの気持ちを尊重します。エーファちゃんが信用しているナナシさんを信用します。どうかベルちゃんを幸せにしてあげてください」
保護者からの了承が直ぐにでた。一重にエーファへの信頼度が高かったのが要因であろう。
「そうか、分かった。絶対に貴女の期待に答えてみせよう。ベルを立派に育てあげる事で、形で示そう」
俺は立ち上がり、手を差し出して握手しようとした。
──バタンッ!!
大きな音を立て床に倒れた。
「大丈夫ですか!?」
心配して近寄ろうとしたエーファも同じように倒れる。
「これ、は……?」
呂律が回らない。辿々しく疑問の言葉を発した。
「中々毒が効かないから心配したよ。あんた達みたいな人外は皆そうなのかい?」
悪どい表情を隠しもせず、此方を見るキーサ。この時点で全てを察した。
「はめた……のか……?」
扉が激しく開かれ、見知らぬ男が流れ込んできた。
これは……絶体絶命ってやつか……
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