第十七話『到着グドーン』


「全速力で帰って来たみたいだけど、そんなに急を要するような事なのか?」


 走りながら隣にいるエーファに聞いた。ダンジョンにいってきますの挨拶をして、一直線に街へと進む道中なので余所見は出来ず前方に視点を固定したまま。


「はい。結論の部分だけを一言で表すと『私の友人が危険に晒されている』なのですが……」

「それはダンジョンさんの中でも言ってたね。だけど俺はもっと詳しい事を知っておきたいんだよ」


 助けるのは確定事項だとしても、事情を知らなければ助けようがない。


「えっと説明するのも馬鹿らしい話なのですけど……」


 まだ混乱が残っているのか若干支離滅裂に、それでも彼女らしい分かりやすさも残した説明を聞く。


 要点を纏める。


 彼女の友達とは猫系統の獣人である女の子。

 そして最近貴族の間で猫の獣人の肉を食べると長生き出来ると言う根も葉もない噂が流れている。

 まだ孤児院で生活しているエーファの友達は、その噂の影響で商人や貴族に誘拐されそうになっていた。


「…………」


 脳内で情報を整理した俺は黙っていた。意識してではない。呆れて物も言えなかったのだ。


「……阿呆ばかりか。人間って奴は」


 何処からか沸き上がる怒り。生まれて初めて感じる、俺は憤怒という感情を覚えた。


「人間を食えば長生き出来るって言ってるのと大差ないだろ、それ。自分の命のために同族を食うのか? 魔族と人に呼ばれるような、生まれて二ヶ月も経ってない俺でも分かるような最低限の道徳も知らないのか……愚か者どもが」


 声に怒気が乗る。いくら命の価値が低く軽いこの世界でも、やって良い事と悪い事はある。


「こんなの君達に言っても仕方がないよな。ごめん」

「いえ、ナナシ様の気持ちは私にも痛い程分かります! 許せませんよね!!」


 サシャが俺の意見に共感してくれた。彼女のように人間でもマトモなのがいてくれる。その事実だけで救われた気にもなる。


 だが、1つ引っ掛かった点があった。


「サシャ、そのナナシ"様"ってのはどう言った心境の変化で?」

「エーファさんにナナシ様の事を教えてもらって、是非そうお呼びしたいなと、不快でしたか?」


 同じ魔法を使う者同士というのもあり、この二日でエーファと随分仲良くなったらしい。


 エーファに尋ねると、サシャは風と土、水の魔法を扱えるらしい。所謂天才ってやつだ。風の魔法が使えると言う共通点で仲が深まり、風魔法のプロのエルフであるエーファにサシャは尊敬の念を置いたと。


 そんな時に、サシャが俺についての話をエーファに聞き、嬉しくなった彼女が尾ひれや背ひれ、ついでに羽とか生やすくらい脚色して話したものだから、俺を様付きで呼ぶほどになった。


 そんな経緯だとエーファの口から語られた。


「はぁ……俺は別になんと呼ばれようと気にしないから、好きにしてくれ」

「分かりました! ナナシ様!」


 目を輝かせながらイキイキと返事をするサシャ。

 どうしてこうなった。大声で叫びたい衝動に駆られたが理性で踏み止まった。


 人材の確保が出来た。そう思えばいい。プラスに考えよう。扱いにくそうな天才が仲間になった。……マイナスのままだな。


 とりあえず愉快な仲間第2号だ。サシャは報酬のお金もいらないし、俺とエーファの元で働かせてくれと言ってる。これは幸運だ。


「あ、頼んでたものは?」

「すっかり忘れてました。これです」


 エーファが外套を渡してくれる。特注は時間の都合で無理だったので、一番大きい物を買ってきてくれたとの事だ。


 サシャも疲れているようなので、立ち止まる。二人が休憩してる間に俺は外套を身に纏った。


 結構しっかりした作りで頭も隠せる。認識阻害の魔法も掛かっているとエーファが教えてくれた。

 これだけの品質となると、そこそこ値段も張ったのでは? そう思ったが、エーファが冒険者時代に蓄えていた金でなんとかなったと本人が言った。


「ありがとうな、エーファ」

「感謝の言葉は相手の頭を撫でながら言うと、もっと伝わりますよ?」


 彼女は冗談めかした口調で言ったつもりだろうが、かなり本気が伝わってきたぞ。


「ありがとうな、エーファ」


 感謝してるのは本当なので頭を撫でながら言い直す。


「ふぇ?」


 驚きで腑抜けた声を漏らすエーファを尻目に、先へ進むぞと指示を飛ばし再び走り始めた。



 しばらくするとジュラの大森林を抜けた。初めての森の外。目に映る景色の全てが新鮮に見える。

 だけど、ゆっくりする時間はない。非常に残念だが先を急いだ。



 そこからまたしばらく走ると街が見えてきた。


「あれが街か」

「『グドーン』と呼ばれる街で規模も大きいのですが、殆ど人間しかいません。他の国ですと獣人やエルフ、場合によっては魔族などもいるのですが、閉鎖的なようで……」


 自分が裏切られた時の事を思い出し、暗い雰囲気を漂わせるエーファに明るく話しかけ、意識を逸らせる。


「『グドーン』か。なんともお似合いな名前で」

「「?」」


 皮肉たっぷりの発言も彼女達二人には理解出来なかったようだ。


「まぁ、いい。さっさと行こう」



 街の前には門があり門番もいたが、サシャのお陰で楽に入れた。

 途中でサシャとは別行動になった。彼女も冒険者として色々と報告をしないといけないからな。


「よし、どっちだ? 案内してくれ」


 俺とエーファは孤児院に向かう──

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