第十五話『依頼サシャ』
「君の仲間が俺の忠告に聞く耳も持たず、襲って来て返り討ちにあった。君の仲間が、君のように冷静に物事を見ていれば死ぬような事態にはなってなかった。この認識は互いに共通してるね?」
サシャと呼ばれていた少女の前に胡座をかいて座り、問い掛けた。
彼女は首を小さく縦に振った。俺の挙動に条件反射が如くビクつく事はあれど、敵意は持っていないようだ。でも、まだ完全に信用してはいないのだろう。彼女の挙動は当たり前の事だと言える。それでも何故かある程度の信頼は置いてくれているようだ。
「俺が君をここに連れてくる前に言った言葉を覚えてるかな?」
「抵抗しなければ、なにもしない?」
「そう、それ。その言葉に嘘偽りはない。俺は君に協力してほしいだけなんだ。どうか力を貸してくれないかな?」
「……私なんかで良いのですか?」
「君じゃなきゃ駄目なんだ」
真摯な態度で、彼女の瞳に目線を合わせる。そのどれもが真実だと伝えるかのように。
「私に答えれる範囲ですが……」
「協力してくれるのか! ありがとう、助かるよ」
あくまでも彼女は客人扱いなので丁寧な対応を心がける。酷く失礼な物言いなどは普段からしてないはずだが、恐がらせないように細心の注意を払う。人間が相手だからな。
「えっと、相談をする前に名前を聞いてもいいか?」
「……サシャです」
「サシャか。俺はナナシ。名前がないからそう名乗ってる。よろしくな」
笑いながら簡潔に自己紹介を済ませた。
「それでサシャに協力して欲しい事なんだけど、まず情報を提供して欲しい。なに、難しい話じゃない。サシャからすればとっても簡単な質問さ」
不安そうな表情を浮かべたので安心させるような単語を選びながら文章を構成していく。
「まず、この『ジュラの大森林』に来た理由を教えてくれないかな?」
これは重要だ。ワイルドベア狩りに向かう道中でのエーファとの会話を思い出してもみろ。ここは猪の大量発生が起こり、定期的に大規模な狩猟が行われるような地域だぞ。
それなのに俺が殺し過ぎたせいで、猪が近隣に被害を及ぼしてない。一見すれば良い事のように思えるかもしれないが、明らかに異常事態だろ。調査が実施されてもおかしくない。
密かにそんな推理をしていた。当たっているのか答え合わせといこうか。
「私達は最近姿を見せなくなった猪達の調査をするため、派遣されました。強い魔物がいる可能性もありましたが、その可能性は極めて低いと判断されて、私達のような低レベルなパーティーが少数で投入されたのです……」
見事、正解だったな。俺の推理は。エーファと同じく冒険者とか呼ばれる職業らしい。世間話に似た勢いで登場したから、気にも止めてなかったが、そこそこ規模の大きい組織のようだな、冒険者とは。
それにしたって上層部が無能だと可哀想だな。判断材料は少ないが、この度は間違えた采配を下したらしい。おかげで未来ある若き芽が摘まれてしまったぞ? 俺に。
「なるほどね。納得したよ」
裏付けが取れて、大変満足だ。要人の護衛さながら、後ろに控えるエーファに視線を移す。彼女もサシャの言葉は嘘じゃないと思ったらしく、無言で此方を見つめただけだった。
「次に、これは依頼なのだけど。いいかな?」
「な、内容にもよりますが……」
「これも特別難しいことじゃないよ。ただ、後ろにいるエルフの彼女、エーファと共に街まで戻ってほしいんだ」
俺もそろそろ街とか行ってみたいと考えていた。目的としては不足している人材とか資材とか、その他諸々を補充したかったんだ。
その為にはなるべく目立たないようにしないといけない。身長の高さはなんとか誤魔化せれるとして、肌の色とか特徴的な角とかはどうしようもない。
肌を何かで塗装する訳にも、角を無理矢理へし折る訳にもいかないからな。
なので、体を隠すものが必要なのだ。でも肝心なそれがない。状況は多少違えど、まるであれだな。オシャレな服を買いに行きたいけど、オシャレな服を買いに行くための服を持ってない。ってやつ。
エーファだけ行くと疑われるだろうし、協力者を得たかったのだ。
「サシャには買い物をしてきて欲しい。勿論、その分のお金は払う。報酬金も出そう。頼めるかな?」
「分かりました。買い物……してきます」
「おぉ、そうかそうか。ありがとうな! 欲しいものはエーファに伝えとくから。暫くはここで寛いでいてくれ。あ、リンゴン食べる?」
「あ……いただきます」
立ち上がり、リンゴンを2つダンジョンから受け取って、1つをサシャに手渡す。ついでにと言った感じで、屈み目線を合わせて頭をポンポンと軽く撫でて、
「本当にありがとうな」
と、今日で3回目になるありがとうを言って扉の方へ行く。リンゴンをかじりながら……
扉を潜り、通路に出るとダンジョンの配慮でエーファの自室まで飛ばされた。
俺から伸びる影のように、背後をついてきていたエーファの方を振り返る。
そこにはむすっとした表情のエーファがいた。
「どうしたエーファ? 変な顔して」
「彼女、ナナシさんに頭を撫でられてとても嬉しそうでした」
「そ、そうなの? ……そんな事ないと思うけどなぁ。気のせいじゃない?」
「いえ、絶対に気のせいなんかじゃありません」
そうかなぁ。俺なんかに頭を撫でられても嬉しくもなんともないだろうけど。
試しにエーファの頭も撫でてみた。
「こんなの、されて嬉しいかなぁ。──ってエーファ! どうした!? だらしない顔して!」
不機嫌な顔が何処へやら、表情筋の緩みきっただらしない顔を晒す絶世の美女、エーファ。
驚いて手を離す。
「あっ……」
彼女は名残惜しそうな声を出した。
女性ってのは頭を撫でられるのが好き……なのか? 謎は深まるばかりであった。
──その後、エーファに欲しいものを伝え、彼女ら二人を無事送り出した。早ければ明日には帰ってくるだろう。
初めての街に思いを馳せ、心を踊らせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます