第十二話『魔物ベアー』


 今日はエーファと二人で森を歩いていた。


『盾技』と『防御術』は彼女との模擬戦で、とりあえず対人には有効だと分かった。だけど魔物相手にどれ程効果を発揮するかはまだ未知数。


 そんな訳で今回は遠出をして、初めてエーファに会った時に対峙した魔物、ワイルドベアを探していた。


「今なら万全の準備が整ってるし、楽勝かもな」


 適当な放言をする。


「油断していると足元を掬われかねません。適度な緊張感を持って挑みましょう」


 生真面目なエーファはその性格らしい、これまた真面目な発言で返す。

 彼女からすれば一度殺されかけた相手だし、しょうがないか。


 あれは万全じゃない状態で、ワイルドベアと戦ったからこそ起きた悲劇だと思うけど。味方だと思ってる相手を守りながら、体を癒す道具もなしにやりあってたのだから、大したものだと褒めてもいいくらいだ。


「それにしても何故ワイルドベアなのですか?

 いつもと同じように猪でもよかったのでは?」

「それもそうなんだが。ここのところ、猪の数が少なくてな。中々見つからなくなってしまったんだよ」


 流石に乱獲し過ぎたかなと反省して、丁度自分の力を試したかったし心機一転ワイルドベアでも狩るかなと思い至ったわけ。


「『ジュラの大森林』の猪は絶対に絶滅しない。そう研究者に言わしめる程なのに、それは不思議ですね」

「そうなのか?」

「えぇ、理由は不明なのですが、いくら狩っても一向に数が減らないらしく。放置しておけば鼠算式に数を増やすので、定期的に一掃するのですよ」

「ふーん」


 相槌を打つ。そもそもこの森の名前が『ジュラの大森林』だなんて初めて知ったし。

 毎日狩っても全然いなくならないなって不思議だったんだよ。まさか意図せず、近くの町や村に貢献してたなんて……


 ……なんか嫌だな! これからはなるべく狩らないようにしよ。


「おっと、静かに」


 手をエーファの前に出して止める。指示を受けて素早く息を潜める。生粋の狩人、やっぱりエルフだな。惚れ惚れする。


「エーファも気付いたろ?」

「えぇ、近くにいますね」


 彼女の場合は研ぎ澄まされた五感に、俺の場合は索敵の技能に引っ掛かった。

 俺が現時点で敵だと認識してるのはワイルドベアだけだ。つまり必然的に近くにいるのはワイルドベアってことになる。


「警戒しろ」


 言われたくてもしてるだろうが一応念のために。雰囲気作りの一環も兼ねて。


「前方、離れた位置にいるな。ゆっくりと距離を縮めるぞ」


 木々が密集している地帯に足を運ぶ。身を屈め、最大限感覚を鋭くしながら一歩ずつ、踏みしめて。


 辺りに静寂が立ち籠める──



 ────────パキッ。


 地面に落ちている乾いた枝が何者かに踏まれ、折れた。


「グ゛マ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」


 低い唸り声のようなものを発しながら、ワイルドベアは俺達に襲い掛かってきた。


「うおぉ! 大迫力だな!」


 左右に分かれるような形で回避した。大振りで、しかも鈍いので楽に避けれた。


「エーファとの特訓に比べたら楽勝かもな」


 軽口を叩く。しかしエーファからの注意は飛んでこない。彼女にはバレてしまったかな。俺の目が本気だということが。


 奴の攻撃が大振りなのは紛れもない事実だ。だが、一撃でも食らえば即戦闘不能に追い込まれる。そんな威力があるのも、紛れもない事実である。


「俺に似たタイプかもな。エーファ、挑戦してみるか?」

「はい!」

「そうか、じゃあ行ってこい。援護はしてやる」


 元々の目的は新しい技能の性能調査だ。必要以上にでしゃばるつもりは毛頭ない。


 手頃な大きさの石を持ち、ワイルドベアの顔面に目掛けて投石。上手く直撃した。

 ギロリと擬音が聴こえて来そうなほど、凶悪に此方を睨んでくる。これで狙いは完全に俺に向いた。


「ほら、さっさと掛かってこいよ。ビビってんのか?」


 さらに重ねて挑発の技能を使う。


 ワイルドベアは巨体を揺らし迫ってくる。突進は余裕でいなす。猪に比べ横幅がある程度だ。これには慣れてる。


 停止し、腕を上に振り上げる。人の命なんて容易に奪えそうな爪が下ろされる。

 俺は一番最初、エーファと戦った時のように大剣を盾代わりにする。


 剣と爪がぶつかり、金切るような音が鳴った。


「お、手の痺れが殆どない!」


 これが『盾技』と『防御術』の相乗効果によって発生する守備力か。驚きながら、飛び退いた。奴の腹に一発蹴りを入れてから。


「剣も傷一つ付いてない」


 悠長に剣を観察する。野生はそこまで待ってくれなかった。ワイルドベアは再度、襲い掛かってくる。


「もう負ける気がしねぇな」


 今度は突進を刀身で受け止めた。その場から一歩も動かないのは不可能だ。砂埃を上げながら退こずられて、後ろに下がる。


「お前の全力はそんなもんか。腑抜けめ」


 挑発の上乗せ。怒りは最高潮だろう。そのタイミングで矢が背中に刺さる。エーファの攻撃だ。魔法との合わせ技で、複数本が一斉発射され、突き刺さっていた。


 突然の意識外からの痛みにワイルドベアは振り向く。


「なに余所見してんだよ。お前の相手は俺だろうが!」


 上段に構えた剣を、体重など全てを使って最速で斬り下ろす。頭から一直線に最後まで。真っ二つになった。


「あ、あれ? こんな簡単に死んじゃうのコイツ……弱くね?」


 吃驚して正直な感想がポロリと口から漏れた。


「お見事です」


 木から降りてきたエーファが称賛を送ってくる。


「いやー、援護とか言っておきながら普通に倒しちゃってごめん。次は本当に援護だけに徹するから。許して」

「いえいえ、見とれてしまうほどの太刀筋。感激しました! 次は私に援護をさせてください!!」


 今のもエーファが援護みたいなものだったけど。得物の特徴的にその方が合ってるけど。


「分かった。なら、今度は連携が取れるようにしよう」

「はい、そうですね!」


 なんて話していると、ガサガサ! と茂みが揺れた。その方角は木の少ない地帯。ここぞとばかりに背の高い草が生えている場所だ。

 何事だ。俺とエーファはほぼ同時に視線をそちらにむけた。


 すると、そこから現れたのは、これまた初めて出会う、人間と言う種族だった。


「うわっ! ま、魔族!? それにエルフも!?」


 相手は四人組。リーダーらしき人物が此方に気付き剣を抜いた。


 どうやら、話の通じる相手じゃなさそうだ。


 エーファに目で合図を送る。不必要な戦闘が開始される……

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