第五話『会話エルフ』
「急いでて気にも止めてなかったけど、俺が帰って来た時、ダンジョンが見えてたような」
この我が家はハイスペックなので、姿が見えなくなるのに加え、触れる事すら不可能になる。この世から完全に消えれるのだ。
「だから感覚で場所の掴める俺は近づいて、入りたいって思えばダンジョンの方から迎え入れてくれる訳なのだが」
彼女を最深部に置き、安全を確認しながら外へと足を運ぶ。
「やっぱ見えるよな」
あからさまな入り口が顔を覗かせている。前に一度だけ見た物と同じだ。
「なーんか嫌ーな予感がするね。もしかすればもしかするから戻ろう。早急に!」
心の中で命じて、最深部まで直通して貰う。
お節介で助けた女性の周りを触手みたい物が取り囲んでいた。
「ダンジョンさん。おやめなさい」
未知の魔物が侵入してるのではないと一目見て分かった。冷静に止める。
声に反応して触手は動きを止め、その成りを潜めた。
「虫の知らせって本当にあるんだね。驚いたよ。それともなにかな。ダンジョンさんが許可を求めてたのかな?」
彼女は客人だから丁重に扱うように。俺に危害が及ぶようだったら容赦しないで。
そう指示を飛ばしておく。どうやらこのダンジョンは自ら意思を持ち、部外者を排除するように出来てるらしい。
「罠と同系統だと考えて、遜色ないか。いや、罠そのものと思う方が分かりやすくていいな」
とりあえず助けた人間が忽然と消える。なんて怪奇現象を未然に防げて良かった。
そして、それと同時に謎が一つ解けた。ダンジョンが見えるようになっていたのは、彼? の意思によるものだったらしい。
「ダンジョンさん、つかぬことを聞くようだけど、まさか似たような事が俺の居ない間にあったりした?」
返事はYes。予想通りで大変よろしい。俺の知らない所でつまみ食いとは良い度胸だ。そこへ直れ。叩っ斬ってくれる。
「現在、内部にある物の一覧を用意してくれ。出来るよな?」
ギラついた眼光で尋ねる。それは脅しととられても不思議じゃない。と言うより脅しだった。
萎縮した雰囲気を漂わせつつ、ダンジョンは一枚の紙を足元に落とした。
「あー、これ人間食べちゃってるね。毛皮とかあるし。小動物も結構な数やってるね。はぁ~」
リストには鎧とかナイフとか色々と身に覚えのない物がある。これは想像でしかないが、ここにやって来た人間をさっきみたいな要領で取り込んで、殺して、略奪してるな。
正直に自白したのは大変よろしい! ただし、やり過ぎ。
「俺がせっせと猪だけ倒してレベルを上げてる中、君は一人で楽に狩りですか。結構なご身分で」
会話はしてないが、なんとなく意思の疎通は成り立っている。
さてはコイツ俺の言葉に逆上してるな。触手を出して抗議してやがる。
本気の喧嘩ではない、むしろただの漫才に過ぎないやり取りを繰り広げていると、意識を失っていた女性が目を覚ました。
掌を上から下に。その動作だけで、触手は跡形もなく引っ込んだ。
後で話はしっかりさせて貰うからな。心で言っておく。
「やっと起きたか」
「貴方は……?」
状況を理解できず、起動したての頭をフル稼働しているようだ。
「私、ワイルドベアと戦ってて……」
「俺が割り込んだ、と」
「……思い出しました。貴方が私を助けてくれたのですね。ありがとうございます」
傷だらけの体で立ち上がり、礼をする。見ていて痛々しいので座るように促す。
「礼はいいから、座って。それより君は俺を見ても驚かないね」
額に生えた角を触る。攻撃されるとまで想像してたけど、現実は案外素っ気ない反応だ。
「話の通じる相手だと分かってましたし、見た目や種族で判断するのは良くないと考えていますので」
なるほど。理知的で好感の抱けそうなタイプの女性だな。
「それはとても良い心構えだね。初対面の俺が言っても、なんだか薄っぺらいだけだけど」
ヘラッと笑う。
「いえいえ、そのような事はありません! 失礼かも知れませんが、貴方もその容姿で苦労した事でしょう。私も『エルフ』なので少なからず理解できます」
「え、ちょっと待って! 今なんて?」
「ふぇ? で、ですから『エルフ』なので──」
「えぇー!? 君エルフなの!」
近付く。拒否されるよりも速く距離を詰めた。
「ちょいと失礼」
失礼ながら淑女の髪を持ち上げさせてもらう。隠れていた耳が露になった。
その耳は確かに長く、先端は尖っていた。
「あ、エルフだ」
「もしかしてお気付きになっていなかったのですか?」
「うん、まったく」
「……私に対する印象は変わりましたか?」
「いや、全然。エルフだから美形なんだなって納得したくらい。通りで可愛い過ぎると思ったんだよね。得心した」
彼女は可愛いと言われて、湯気が上がるくらい顔を真っ赤にしていた。露出した耳まで赤い。
相当、初心なのだろう。悪い事をした。彼女の火照りが冷めるまで暫し待機しよう。話はそれからだ。
頬を両手で抑え、それとなく悶えている彼女を観察しながら、数刻の静寂を過ごす──
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