第四話『窮地ビジン』


 猪はその巨体を揺らし、地面に伏せた。頭部から血を流し絶命していた。


「ふぅ、ノルマ達成だな」


 一息つき、剣を柔らかい土に突き立てる。それに体重を掛けるようにして、休憩。


「俺が目覚めてから一月は経過したな」


 数えてざっと30日。感慨に耽てもおかしくない期間である。この間、やってた事と言えば猪を狩るくらいだが。


「おかげで危なげなく、尚且つ効率よく狩れるようになったけど」


 食糧の貯蔵量も中々なものになってきた。どんな食材でも腐らせず半永久的に保存出来るのは物凄い強みだと言えよう。


「これで当分肉には困らない。あとは美味しく食べれるようになれば万事解決なんだけど……」


 調理に関しては全くと言ってもいいほど進展してなかった。これも今後の課題である。恐らく最大級の。


「レベルが上がってたな。確認しておかないと」


 思い出してステータスを表示する。


───────────────────────

種族:オーガ Lv.5


《名前》              


性別:Male(男)


職業:ラスボス




・パラメータ


・魔法

    

・特殊技能


・技能

    


───────────────────────



 レベルアップとはこの世界に浸透してる概念だ。ステータスを開いて一番上、種族の横に表記されている。


 そして生きとし生ける者、全てにレベルはある。


 俺は記憶喪失ではなく単に生まれたてだったらしく、猪を倒していたら、いつの間にかレベルが上がり2になっていた。その時、初めてその存在に気が付いたのだ。


「それで今のレベルは5だと。比較対象がいないから速いのか遅いのか分からんペースだな」


 ステータスにはレベルの他に名前や種族、魔法や技能、各パラメータ等がある。


「名前の欄が空白なのは、なんとも味気ないな」


 そう俺には名前がない。自分は何々だとか名乗る機会がないし、誰かに名前を呼ばれる事もない。なので名無し。


「なんだか悲しいな……うぅ……」


 下手な泣き真似をしつつ、剣を引き抜く。肉を運ばなければ傷んでしまう。

 最早ただの肉塊となった猪を担ぎ、ダンジョンへと戻ろうとした。その時だった。


「ん? 声が聞こえたような……」


 遠くで悲鳴がしたような。無駄に高性能な耳が人の声を捉えた。


「十中八九、面倒事だろうなぁ。でも、人と会ってみたいな。好奇心は勿論だが、情報も欲しい」


 気のせいかもしれないが、様子を窺ってみる事にした。今日の収穫をその場に置き、木を伝って、悲鳴の聞こえた方角へと急行した。




 ──着いた。ここだろうね。傷だらけの人と、熊が戦ってる。


「え、熊でかくね? あれはもう熊じゃないよ。熊に限りなく特徴が似ている別のなにかだよ」


 そんな巨熊に対して満身創痍の人物。女性。身長高め。体も服もボロボロ。顔……かなり好み!


「助けよう。この出会いに感謝を込めて」


 即決である。木から飛び降りて、女性を抱えた。


「敵じゃないから。ジッとしてて」


 それだけ声を掛けて、脱兎が如く逃亡開始!


 何故か激怒している熊は鬼のような形相で追い掛けてくる。

 こっちはまんま鬼なので、対抗して鬼の形相で逃げます!


 背中の方から声がする。女性は肩に担いでいるので、当然だ。


「話は後でするから! 今は黙ってて。それとこんな状況で話すと舌噛むよ」


 なんて指摘をしながら、木と木の間を潜り抜け走る、走る。


「体力無尽蔵かよ! 化物みたいな奴だな!」


 悪態を吐き捨て、息を切らしながらも、走る、走る。


「俺の一か月間の努力を舐めるなよ!」


 意地と根性で、なんとかダンジョンまで逃げ切ったのだった。


「あぶねぇ。もうちょっとで追いつかれてた。寿命が3年は縮んだ……」


 そう言いながら、乱れた呼吸を整える。そして、半ば誘拐気味に連れて帰った女性を下ろす。


「大丈夫か?」


 問い掛けに応えない。見てみれば、彼女は目を回して意識を失っていた。


「あ、通りで途中から静かだと思った……」


 仕方がないので、彼女が目を覚ますまで待つことにした。食べ慣れた赤色の果実を一口頬張りながら、増えた悩みの種に頭を抱える。

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