第三話『狩人イノシシ』
「現在までの調査状況~!!」
一人テンションを上げたら、虚しく独りの部屋に反響した。もう少しで涙が静かに頬を伝う所だったぞ。
「気を取り直して、整理していこうか」
かれこれ一日経過している。分かった事は多くないが、一度纏めておいて損はない。
「まず俺について。知識は有しているが、何者かは不明。身分や出身、それどころか名前も分からないヤバイ奴!」
イカれたメンバーを紹介するぜ! のノリで出てきそうだな。
「客観的に見て素性が知れないのはかなり危険だが、別に自分だし良いか」
焦りとか喪失感も特段ありはしないし、ほっておいても平気だろう。自分について詳しく知りたくなったら、その時に調べよう。
「次に、ここについて。そう、ここは何処!? そう、ここはダンジョン!!」
自問自答が適当すぎて話にならないな。
「今はあれだ。大きな場所で一人きりになると、解放感から突拍子もない行動を取りたくなるあれだ。だから落ち着かないと」
深呼吸を数度して。
「よし」
気合いを込める。
「さっきも言ったが、ここはダンジョンだった。ダンジョンの定義を細かくは知らない。大雑把に言うと魔物がいっぱいいたりする場所だな」
早速定義からはみだした。魔物いねぇじゃん……
「唯一、俺くらいか」
赤い果実をかじりながら調査をしていた時、ふと自らの容姿が気になり、ダンジョンにねだって鏡を出してもらった。それで見たら、まぁ驚き! 角が生えてた。鬼っぽいやつ。肌の色も変だったし。目付きも悪かった。
「目付きは良いだろ!」
自分で考えて、自分で突っ込んでいたら世話ねーぜ。
「俺は人の言葉を介す魔物ってジャンルのようだな。この際どうでもいいけど」
現状、最深部にいた俺という存在はダンジョンのラスボスに位置付けられるようだ。
「ラスボスのくせに猪に追いかけられて死にかけたの? 超ダサイじゃん、俺」
真実は時に人を傷つける。言っておきながらグサッと心に刺さった。
「ま、それはそれとして。武器とかもあったんだよね。そう言えば」
座ってた椅子の後ろ部分に剣があった。俺の身長と同じくらいある大剣だ。斬るってより、物量で叩き付けるって感じのやつだな。
得物も手に入れた事だし、今ならあの猪も余裕で狩れそうだ!
「狩りに行きますかね!」
椅子から立ち上がり、後ろの剣を引き抜いて、外に向かった。
森の中。少し重めの大剣を肩で担ぎながら、闊歩する。
「──俺ってラスボスなんだよなぁ」
さっき纏めた内容を振り返りながら呟いた。
「つまり生まれたてって訳か。そりゃあ記憶もなくて当然か」
新発見だった。というより盲点か。
「ラスボスしか存在しないダンジョンって、それもそれでどうよ?」
風流……かな? いや、それはない。言葉選びを間違えた。
「とりあえず、当面の目標は定まったな」
人生を賭すかは、まだ分からないとして。
「俺のすべき事は、あのダンジョンをしっかりとしたダンジョンにする。まず、それが一番だよな」
ダンジョンの定義。魔物がいる。罠がある。俺(ラスボス)が鎮座している。などなど。
「魔物をかき集めたり、人材をどこからか調達したり。やることは一杯あるな」
面倒だが、しかし遣り甲斐はある。よし! 俺はあのダンジョンを世界一にするぞ。
──今は猪を狩るのが先だけど。
理想に追い付かない無情な現実に、かなり辟易する。
贅沢も言ってられないけど。
と、考えていると、木の陰から狙いの猪が姿を現した。
膠着状態になる前に、なんとなく気分で挑発する。
「ほら、かかってこいよ。雑魚野郎」
幼稚な煽り。意味があるようには思えない行動だが、しかし猪は突進してきた。猪突猛進とはまさにこれの事だ。
「あ、ちょ、タンマ!!」
武器を手に取っただけじゃ、人は強くなりません。いきなり強くなれたら苦労しないのです。
「うおぉぉお!!?」
間一髪、避けれた。回避性能はそこそこ高いのだな。と、自身の体に感心する。
「よし、今度こそ」
少しでもタイミングを間違えれば殺される。威力が足りなくても死ぬ。
だけど、これが通用しなければ、どっちみち有効な攻撃手段は皆無に等しい。
「こいよ。一撃で沈めてやる」
性懲りもなく、挑発。奴もそれに応え一際速く突っ込んでくる。
圧迫感。当たれば死という恐怖。それらに打ち勝つ精神の強さ。
あるのか。……あるな! 俺にはある! 気合い一閃。吠える!!
「そこは既に俺の間合いだ!!」
横凪ぎ。単純かつ高火力な一撃が、猪のどたまと横っ腹の二ヶ所に同時に当たる。
剣に振り回され倒れる俺と、吹き飛ばされる猪。両者倒れた事実に違いないが、勝利を納めたのは間違いなく──
「勝ったぞ!!」
俺の方だった。
一度は負けた相手にリベンジを果たした。息絶えた獲物を持ち、住処であるダンジョンに帰還した。
~その後の話~
「調理法わっかんねぇな。生で食ったら流石に腹壊すか。まぁ、ものは試しだ」
意気込んで一口サイズに切り分けた猪肉を食べる。
「血生臭! なにより硬ぇ!?」
当然と言えば当然の結果だった。
「ダンジョンさーん。この肉、鮮度とか保って保存できませんかねぇ?」
お願いをすると、肉の塊は消えてなくなった。
「あ、出来るのですね。ありがとうございます」
ダンジョンは有能。これだけは確かに分かった。
「食糧問題と俺弱すぎ問題。あとダンジョン活性化問題か……」
今後の課題を見据え、赤い果実を頬張った。
「やらなきゃいけない事は山積みだな」
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