デリバリーにゃんヘルス

 電話一本でにゃんこをお届け。いわゆるデリにゃんの運転手をはじめて3年になる。

 錦糸町の路肩にワゴンを停めて、俺は火のついていないタバコをくわえつつ、バックミラーをちらりと見遣る。小麦の健康的な毛並みがうつくしい茶トラに、腰の黒ぶちがセクシーな三毛、すっと伸びたアイラインが魅力的なキジトラが、思い思いに毛づくろいに余念がない。ポケットの中の携帯はまだ鳴らない。


 忙しい現代人からのネコの需要はうなぎ上りだ。

「どうしても飼えなくって」

 雪のような白猫を指名した客はそう言って、わざわざマンションの下までネコを送りに来た。

「癒されました。ありがとう」

 そういって優しくどをくすぐってくれる客ばかりならいいのだけど、現実そんな客はむしろ珍しい。丁寧に舐め梳かした毛並みをむちゃくちゃにされるのは当然、ひげやしっぽや肉球をべたべたと触られたり、あげくの果てには暴力すら振るわれる。

 普通のネコなら逃げるなり反撃するなりできるけど、これでエサを喰ってるここのネコたちには難しい。まあ、そこまでの不届き者は、ネコたちの首輪にこっそり付けた小型カメラの内容をそのままやり返していいと決まっているので、そうそう現れることはないんだけど、それにしたってネコ好きの俺にはつらい仕事だ。

 手の中の携帯が震える。俺は後部座席を振り返り、真っ黒なネコを呼ぶ。


 一番人気の黒ネコは、一晩で猫缶を20は買えるほど金を稼ぐ。

 さっさと足を洗ったらいいのに。

 俺がいくらそう言っても、黒ネコは聞いているのかいないのか、俺のひざに足を乗り上げ、咥えたタバコに前足でじゃれつくばかりだ。そういう、すこしおバカでマイペースで人懐っこい所が人気の所以なのだろう。分からなくもない。

 俺は黙って、あご下に伸ばしかけた指を引っ込める。情が沸いてはこの仕事はできないし、他のネコの匂いを嫌がるネコだっている。なでる代わりに顔を背けて、早く足洗えよと、今日は俺もそれしか言えない。


 だから、あいつがここを辞めたと聞いて、ほっとしたんだ。それなのに、その一ヶ月後、町で車を待つあいつを見つけてしまった。

 声を掛ける前に吸い込まれていった黒いバンは、気のせいでなければ俺の車より少しだけデカかった。

 お節介。

 言われずとも突きつけられた言葉に、気づけば俺は車を走らせていた。高速に乗って、青看板のやじるしが示すどこかへ、とにかく、遠くへ。乗せたままだったネコたちは皆、何にも言わなかった。


 やがて夜が明けて、我に返った俺は車を停めた。いつの間にか海沿いを走っていたようで、目の前には紺色の、しずかに凪いだ海があった。

 車を降り、後部座席のドアを開ける。ネコたちは、シートのうえで思い思いに丸くなっている。

 ボンネットに尻をのせ、俺はずいぶん昔に買ったライターを擦って火をつける。吹き付ける風に煙が乗って、両側を開け放った車を串刺しにして消えていく。

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