観賞用の高校
うちの高校には、『観賞用の先輩』がいる。
北欧だか南米だかの血が混じった、不思議な魅力を持つ顔立ちの三年生は、やわらかい髪がちょっとした風にもふわっとなびいて、とてもきれいだ。才色兼備でスポーツ万能、おまけに天使のように優しくて、子猫のように奥ゆかしい。
先輩がまだ新入生だったころ、先輩の入部を巡って多くの部活動が激突し、その激しさに校長が直々に帰宅部をお願いしたというバカみたいな伝説を信じそうになるほど、先輩は魅力的だった。わたしも、その魅力に捕まったひとりだ。
先輩と話していいのは、先輩から話しかけられたときだけと厳しく決められているから、だから、先輩から声を掛けられた時は本当に驚いた。
「ペン、落としたよ」
拾い上げる先輩の手は傷ひとつなくて、伏せたまつげは職人がいっぽんいっぽん植えたのかと思うほど、美しくカールしている。それでいて先輩は、こんな名前も知らないだろう後輩にも優しい。
ペンに貼っていたキャラクターが好きなのか、と話しかけてくれた。二分もかからない、短い会話の余韻は家に帰って寝るまでもずっと続いて、やり取りを百回は思い返し、名乗らなかったことを千回は後悔する。
先輩は体が弱いらしく、しょっちゅう遅刻や早退をするうえに、保健室にいることも多かった。先輩が今どこにいるのかは、同じクラスの人も知らないみたいで、だからあの一瞬の邂逅は、本当に貴重だったのだ。
にもかかわらず、次の週、わたしは再び先輩と向き合っていた。膝の上には先輩の頭があって、貧血を起こした顔は、いつもより数段白い。
こんな幸運、明日世界が滅びるんじゃないか。
バクバクなる心臓が先輩の休息を妨げないよう、わたしは必死で呼吸を抑える。さわやかな風が吹いて、しだいに血色を取り戻していく先輩のくちびるを見つめていると、ゆっくりとまぶたが開いた。
「ありがとう。助かったよ」
奇跡はそれだけで終わらなくて、わたしは先輩にあだ名をもらい、仲良しの後輩ポジションをゲットした。
こんなすごいことって、ある?
わたしはふわふわした気分でスキップしながら登校する。バラ色だった世界はけれど、誰かと抱き合う先輩を見てあっけなく崩れた。ぱっと離れた二人を見るに、先輩はちょっと困った空気を出している。なるほどね。わたしは現状をすばやく把握し、先輩を救うために走り出す。
「いかがでしたか?」
「ええ、すばらしかったです。これが青春ってやつなんですね」
「リアリティでは業界ナンバーワンの評価をいただいております」
「ははあ。けど、確かにこれは外から見ているだけで十分だ。思春期の、未熟な者同士を閉鎖空間に閉じ込めるなんて、うすくて鋭利なガラスを鉄の箱に詰めるみたいなもんですよ。現に今、もっとも傷つけられにくいアバターを被っていても、わたしを巡って争いがいくつも起きた。本来の自分が通うとなったら、簡単に病むのは目にみえてる」
「おっしゃる通りでございます。それでこういう、鑑賞型の高校ができたってわけで」
「いや、いい時代に生まれました。うつくしいものは、見ているくらいが、一番いいですから」
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