正義の大学

「わかった!」

 ぱちんと点と点がつながって、浮かび上がってきた犯人をぼくは思わず叫んだ。四畳半のこたつの向こうで彼は、ぼくが手にしたものと同じ文庫本から顔をあげて、ぽかんと口をあけた。

「もしかして、犯人?」

「そう! 実は冒頭のさ――」

 見事としか言いようのない伏線を語ろうとして、彼の手元の本がまだ中盤に差し掛かったあたりなことに、ようやく気づく。

 中途半端に途切れた言葉が、ストーブの上のやかんの湯気にかき消されていく。

 もしかしなくても、またやってしまったのだろうか。

 ようやく気付いたぼくに、彼は苦笑して本をとじる。

「それ、オレ以外にやったら刺されるよ」


 大学に入って始めたルームシェアの相方である彼は、本当に穏やかだ。もうすぐ暮らし始めて一年経つけど、一度だって怒っているところを見たことがない。

「怒るの苦手なんだ」と彼は言ったけど、読みかけの推理小説のネタバレをくらっても、楽しみだと言っていたお取り寄せの大福を食べられても、講義の代返で理不尽に怒られても、行事の雑用を押し付けられても、いつもニコニコして「いいよ」という。

「呼吸をして心臓が動いてること以外って、全部、おまけだろ。だから、どうでもいいんだ」

 いつの間にか痴情のもつれに巻き込まれたといって、額から血を流して帰ってきた彼は、いつも通り微笑みながらそう言った。


 だから、ある日帰ってきた彼が「ルームシェアやめよう」と言い出した時も、なにかあるなとピンときた。

「三時間後に、逮捕されるみたい」

 彼は、荷物が届くくらいの気軽さでそう言った。

「この間、通り魔があったでしょ? あれの犯人がオレなんだって」

「そうなの?」

「ちがうけど、でも誰か捕まえないと警察の人も遺族の人も困るんだって」

 何でもないようにそういう彼を、止めたってムダだろう。ぼくはため息をつくと、こたつから足を抜く。襲ってきた冷気に鳥肌を立てながら、ストーブの上のやかんを掴むと、身辺整理を始めた彼の背中の上で、銀の口をかたむける。


 全身やけどで緊急入院した彼は、とても話が聞ける状況じゃなくて、任意同行は見送られた。その間にきっと、彼が代理で授業を受けていた講義の教授が、アリバイを証明してくれるだろう。

 それはそうと、やっぱり推理小説のトリックを再現するなら、もっと離れた場所にしようとぼくは反省する。ただでさえ金がないのに、ルームシェアの相手がいなくなったとなれば、来月の新刊を我慢しなくちゃならなくなるし。

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