正しい過去の使い方
オレの人生に失敗は許されない。だから、失恋なんて、もっての外だ。
「え? ごめんムリ」
勝率100%の告白が、ティッシュペーパーよりあっけなく破れたとき、オレは、終わったと思った。これまでの、無傷だったパーフェクト人生よ、さようなら。これからオレは一生、フラれた記憶を背負って生きていくのだ。
「大丈夫だ。お前はもともと、そこまで完璧な人生じゃない」
近所に住む二つ上の幼なじみは、そう優しいウソで慰めてくれるけど、とてもじゃないけど騙されてやることはできない。
完璧な人生を諦めきれないオレは、なんとか挽回の手がないかと熟考する。
頭を打って記憶を消すか? いや、相手が覚えていたら意味がない。
言い間違いだったことにできないだろうか? 無理だ、呼び出したメッセージが残っている。スクショという技術を発明したやつはきっと、悪魔に違いない。
いや待て、そもそも、聞き間違いという説はないだろうか?
成績トップでスポーツ万能で、見た目もそう悪くないオレが、あんなあっさりフラれるなんて、そうだ、そんなことあるわけない。
念には念を入れて、数人の友人を経由してさりげなく聞き出す。
「あきらめろ」
口をそろえてそう告げる友人たちはきっと、オレに恋人ができるのが悔しくてたまらないんだ。たしかに、これまで失敗らしい失敗をしたことのないオレの、人生初のしくじりだ。おもしろく思うのも、仕方ない。
タイムマシンの所持を謳う団体の集会に行こうとしたところで、ついに幼なじみに止められた。
「いや詐欺だから、それ」
「わかんねえだろ」
「わかるでしょ」
「そっちこそ、分かんねえだろ!」
初恋だったのだ。初恋の相手と、お互い初めての恋人になって、ファーストキスは夏祭りで、クリスマスにはペアのネックレスを贈りあって、そしてそのまま結婚するはずなんだ。
オレの完璧な人生プランが、まさか初手でつまづくなんて思いもしなかった。
みっともなく、オレは公園で泣き喚いた。あいつは黙って、ブランコを囲む手すりに座ったまま話を聞いていた。それからおもむろに立ち上がると、「待ってて」と言って消えた。
戻ってきたあいつの手には、ペットボトルじゃなくて本があった。てっきり飲み物でも買ってきてくれるのかと思っていたオレは面食らう。
あいつはその本を開くと、俺に差し出した。それはアルバムだった。子どものころのあいつの写真が、ずらりと並んでいる。
「これが、なんだよ」
「これ、きみ」
あいつはのんびりと一点を指さした。にこにこ笑う子どものあいつの隣で、おねしょした布団の前でべそべそ泣いてる子どもがいる。
オレは黙ってその写真を抜き出すと、びりびりに破った。あいつは何も言わずページをめくると、また指をさす。
お化け屋敷前でピースサインをする幼いあいつと、その背中にすがりついて泣く子ども。
オレはその写真も抜き出すと、砂場を深く掘り返して入念に埋める。
あいつはまたページをめくる。にっこり笑うあいつの頬に、口を寄せる幼い子ども。
「ノーカンだろ!」
思わず吠えた。あいつはそこで、初めて顔を曇らせる。
「ノーカンじゃないよ」
「はあ?」
「俺の初恋、勝手になかったことにしないで」
いつになく真剣な目でそんなことをいうもんだから、うっかりときめく。どうやら確かにオレの人生、自分で思うほど完璧じゃなかったらしい。
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