助手の条件

 移動はかならず自家用車だ。新幹線はもちろん、飛行機や船もご法度。

 助手席でふんぞり返る名探偵は今日も、どこかに死体が転がっていないかと、目をらんらんと輝かせている。


 死体が名探偵を呼ぶのか、名探偵が死体を呼ぶのか、今になってはもう分からない。全国に名をとどろかすあいつの幼なじみというだけで、いつの間にか助手扱いされていたわたしが、生命の危機にさらされた数は片手じゃ足りない。

 幼稚園の庭にミステリーサークルが出来ていたころはまだよかった。小学校の林間学校では神隠しが起きて、中学校の修学旅行ではフェリーに凶悪犯が紛れ込み、高校の短期留学では危うくハイジャックが成立しかけた。

 そのすべてをヤツは華麗に見抜いて解決に導いたわけだけど、誘拐された子を慰めたのもわたしだし、凶悪犯に切り付けられた船員に包帯を巻いたのもわたしだし、クロロホルムで寝かされた機長を起こしたのもわたしだ。

 中学の時点で、寄ったコンビニすべてに強盗犯が押し入ったヤツの天命を見抜いたわたしは、市民セミナーに申し込み、救命救急の知識を学んだ。道場に通って護身術を身につけたし、医学の知識だってそれなりにある。


 あいつの役に立つため? とんでもない! 

 あいつの被害を最小限にするためだ。何度も止めろと言ったのに、あいつはいつだって自ら進んで危険に向かう。繁華街の路地裏、さびれた駅前のコインロッカー、選挙激戦区の候補者の家、オープンしたての高層ビル。

「事件を起こしたいわけ?」

 腹が立ってあいつの前に立ちふさがっても、どこ吹く風だ。

「バカなことを。事件がオレを呼んでるんだよ」

 自分だって何度も死にかけているくせに、推理中毒のあいつはいつだって、わたしの話を聞きやしない。

「探偵先生のために、医師免許まで取得されたとか」

 そんなこと一言もいってやしないのに、インタビュアーは今日も勝手だ。

「なんという献身、これぞ助手の鏡ですね」

 褒めてるつもりらしい彼女に、「あいつのことは死神だと思っています」なんて返したら、どんな顔をするだろうか。

 

 だからきっと、いつかこんな日が来るんだって、わたしはずっと覚悟していた。

 犯人の狙った銃口は、まっすぐにあいつの心臓に向かっていて、その射線に飛び出したわたしの胸を容赦なくぶち抜く。

 なけなしの貯金で雇った殺し屋は、みごとに仕事を果たしてくれた。呼吸するたびに失われていく命を感じながら、わたしはうっすらと笑う。探偵をかばう助手。これもまた、助手の鏡だと消費されてしまうんだろう。

 みんなばかだなあ。

 わたしは助手に向いていなかった。名も知らない死体より、生き生きと謎を解く探偵に焦がれなければならないのに、わたしには出来なかった。

 この人はどうして死んだんだろう。

 祭壇に祀られた遺影を見つめながら、なんどそこにあいつの写真がある夢をみただろうか。わたしはようやく解放される。熱い腕がわたしを抱えて、あいつは涙を流して首を振る。その耳元に、わたしは最期の息を振り絞る。

「ざまあみろ」

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