オーダーメイド成仏マニュアル
死んだ息子が戻ってきたらさぞ嬉しいと思っていた。
「晩飯なに?」
ネトフリから視線をそらさず言い放つ息子に、わたしは「焼きそば」とだけ言い返す。
幽霊の息子は物に触ることもできないし、何かを食べることもできない。だというのに、毎晩わたしに食事をねだっては、食べているところをじっと見る。
「父さんも死んで、俺までいなくなっちゃった母さんがヤケにならないか、見張ってんの」とは息子の談だけど、わたしの健康を憂う割に、リクエストは肉ばかりだし、さすがにそろそろ胃もたれが辛い。一ヶ月も経てば、夕飯はすっかり元通りだ。
もくもくと焼きそばをすするわたしに、息子は目もくれない。このやり取りは、カモフラにすぎない。思春期の彼が戻ってきた理由は、別にある。
息子の月命日に、彼女は律儀に制服姿でやってくる。もう大学生なのだから、制服なんて着ているはずないのに、わたしはその姿に何も言えない。
幼なじみだった彼女と息子はたぶん、それ以上の関係になったばかりだった。数段浮かれた息子が深夜に、スマホだけ持って「ちょっとでかけてくる」と出ていった背中を覚えている。その数十分後、息子は事故にあって、通夜の場で彼女は泣き崩れていた。何があったのか、彼女にも息子にも聞けなかった。わたしだって、娘のようにかわいがっていた女の子だった。
仏壇に熱心に手を合わせる彼女の後ろ姿を、息子はじっと見つめていた。気持ちばかりの手土産は、今日も受け取ってもらえなくて、また来ますと弱々しく微笑む彼女を玄関先で見送る。このままでは良くないと分かっているのに、どうしたらいいかわからない。ため息をついて振り返ると、息子が立っていた。
「お願いがある」
ハンバーグをねだる気軽さで、息子は生み直してほしいと言った。
「今からなら、まだ間に合う。彼女が生きている間に戻れる」
わたしは言葉を失った。考えたことすらなかった。
「そんなこと」
「できる。俺は母さんの子だから」
わたしは悩んだ。次のわたしの子が息子の生まれ変わりになる。それは、息子にとっていいことなのか。彼女にとって、幸せなことなのか。とてもそうだと思えないけど、でもそれは、わたしのエゴじゃないのか。息子をもう一度抱きしめられるのはうれしい。けど、そのために、夫以外の子を宿すのか。
「考えさせて」
わたしは言った。
どれだけ考えても答えは出なくて、わたしはいい歳をして知恵熱を出した。
「大丈夫ですか?」
どこから聞いたのか、月命日でもないのに彼女は薬を買ってきてくれる。
「息子が生まれ変わったら、うれしい?」
もうろうとした頭で、わたしは訊いてしまった。まったくもって大人失格だ。ごめん忘れて。わたしの言葉を遮って、彼女は言った。
「それは」
彼女は家に来なくなり、わたしは子どもを作らなかった。息子は何も言うことはなく、今日も居間でネトフリを見ている。
何も変わらない毎日の唯一の変化は、ネトフリの視聴履歴にアニメではなく悲恋の映画が並ぶようになったことと、肉料理が夕食に並ぶようになったことくらいだ。
明日、起きたら息子はいないかもしれない。
毎朝、新鮮な恐怖と安堵をくりかえす耐えがたい日々は、けれどこの奇跡とエゴの代償だから、わたしは甘んじて今日もからあげを揚げる。
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