解釈違い

 十五のとき、わたしは運命の人に出会った。

 うつくしい金の巻き毛、長いまつげに濃い赤のルージュ。

 少女漫画「パリのカサブランカ」に出てくるそのキャラクターは、生まれ持った美貌をものともせずに腕一本で成り上がり、貴族の地位を捨て傭兵としてたった一人で生きていく、うつくしく強い女性だった。

 生まれも育ちも何もかもパッとしなかったわたしは、そのキャラクターに強烈に憧れた。髪を伸ばして、頭皮と財布を痛めながら金に染め、背をのばそうと牛乳で煮干しを流し込んでは腹を下した。


『彼女』は言った。

「人の真の価値とは、生まれや育ちで決まらない。その人の内面にこそある」

 わたしは深く納得して、さっそく行動に移した。

『彼女』の一人称をまね、教室で群れることなく、誰に対しても視線をそらさず意見する。常にみんなの一部じゃないと不安になるわたしにとって、それは骨をむりやり曲げられるような痛みを伴ったけれど、『彼女』への憧れが勝った。

 いつの間にかわたしは高嶺の華と呼ばれ、『彼女』の公認コスプレイヤーになっていた。オファーが来たとき、わたしは飛び上がってよろこんだ。この世界での、『彼女』のアバターになろう。わたしは固く決意し、実家を出て家族のつながりを絶った。


 そいつは芸能雑誌の記者だった。公認コスプレイヤーとしての活躍を聞きたいと現れた彼は、わたしの見てくれには目もくれず、まず言葉遣いをほめてくれた。

 わたしが『彼女』に倣い、大学に行くことを辞めコスプレ一本で生きていることを、だれかに雇われて働くことをよしとせず、自分で企業することにしていることを、彼は笑ったりしなかった。

「そこまで愛するものがあるというのは、幸せですね」

『彼女』だったら鼻を鳴らすような甘っちょろいセリフにも、わたしは反応できなかった。彼の目じりに浮かぶうっすらとした笑い皺に、やけに目を奪われる。


 家に帰ったあと、わたしは初めて筋トレをさぼった。『彼女』の傭兵家業で鍛え上げられた腹筋を、現代で再現するためには毎日の努力が欠かせないというのに、ベッドに横になったまま、動けなかった。

「あなたの生き様はうつくしい」

 面と言われた言葉が、頭の中から離れない。短い音が鳴って、スマホに彼の名前が浮かぶ。

「今度、食事でも行きませんか」


 わたしは彼を選ばなかった。『彼女』は、作中で焦がれた相手のもとを、だまって去っていった。だから、わたしもそうした。

 わたしは『彼女』のアバターなのだから、『彼女』のしそうにないことはできない。

 そう答えると、彼は悲しそうに笑った。それでこそ、あなただ。そう言って彼は去っていった。

 わたしはたぶん、正解だったはずだ。『彼女』のアバターでないわたしに存在価値はないのだから。けど、そう思えば思うほど、『彼女』には似合わないはずの涙が止まらなくて困る。

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