永久世界

 終わりない世界を歩き続けている。

 裏技で飛びこんだマップ外は、おざなりなポリゴンの泥みたいな色の地面だけが広がっていて、千二百十五歩ごとに、小さな丘が左右に交互に現れる。

 オレはひたすら歩き続ける。

 見えない壁の突破に満足したプレイヤーはきっともう、オレの指先にやどっていない。


 歩く以外のコマンドが入力されないオレはひたすら、過去の冒険の回顧に明け暮れる。

 旅立った村に残してきた親。

 道中で出会った頼りがいのある仲間。

 数々のピンチに危機一髪の逆転劇。

 プレイヤーはまめな性格だったから、記録されたセーブデータはいくらでもあった。擦り切れるほど繰り返し呼び出したデータが終わって、現実に戻る。焦げ茶の世界は不安定に白んで、そのくせオレが一歩踏み出すとたちどころに世界が生まれる。踏み出すたびに世界は生まれ、はなれるたびに世界は壊れる。オレは常に進み続けているのに、決してどこにも行けやしない。


 プレイヤーはどうしているだろうか。セーブデータの繰り返しに飽きてから、オレはそんなことを考えるようになった。

 かつて、オレの分身として、オレを介してこの世界を駆け回った人。見えない壁を突破しようと、百時間もプレイした執念深さは本編プレイ中も健在で、選択肢はぜんぶ試してみないと気が済まないし、取れるアイテムのコンプリートはもちろん、ボス戦では必ず一度わざと負けるのも当たり前だった。

 骨をしゃぶる執着で、プレイヤーはこの世界を愛してくれた。いつかくる終わりがこれだったのだろう。ゲームはいつか終わるものだ。オレはむしろ幸運だった。最終局面を終えてなお、この世界を旅することができた。最後にマップの外へ出してくれたのは、むしろプレイヤーの恩返しだったのかもしれない。しゃぶりつくした骨の中へ、オレを逃がしてくれたのかもしれない。

 そうだ、とオレは顔をあげる。オレが歩くたびに世界が広がっているのなら、ちがう世界を作れるのかもしれない。危機一髪の逆転劇から数々のピンチを乗り越え、頼りがいのある仲間に出会い、そして最後には


 どん、と見えない壁にぶち当たって、オレはやむなく方向転換する。

 この渓谷の向こうには、決していけない。Uターンしたオレは、小走りにパーティの元へと駆けていく。装備も万全、体力も魔力も満ちていて何も怖いことはないはずなのに、なぜだかさっきぶつかった透明の壁に、胸の奥がざわめいて仕方ない。

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