第47話 4人の剣


 カインクムは、店の奥の扉を閉めると、表情が一変した。


(あれが、エルメアーナの剣なのか、それにあの刃に波打つような紋様は、あれが刃紋かぁ。 あんな、見せることも考えた剣を作れるようになっていたのか)


 ユーリカリアに見せてもらった時は、父親であり、師匠であるというプライドがあったので、表情に出さなかったのだが、人の居ない所にいって、気が抜けたようだった。


 右手で顔を覆いながら、震えを抑えていた。


(基本は、同じなんだ。 だが、見た目の美しさなんて、そこまで考えられなかった。 あんな事まで、エルメアーナは考えられるようになったのか)


 カインクムが黄昏ていると、後ろの扉が開くと、そこにはフィルランカがいた。


 フィルランカは、不思議そうな顔で、カインクムを見た。


「あら、まだ、工房に行かなかったのですか?」


「う、うん? あ、いや、今、行く所だ」


 フィルランカが、困ったような顔をした。


「ちょっと、早くして! お湯が無いのよ。 私は、あなたの剣を持ってくる間を持たせなければならないんですから、早くしてください」


「あ、ああ」


 カインクムは、フィルランカに促されて、工房に歩き始めた。


 その後ろをフィルランカが、付いて歩いて行く。


(ふふ。 もう、エルメアーナの剣に見惚れてたのね。 お互い、ライバル視しているから、きっと、あの剣を気に入ったのね。 また、さっき見た剣を真似して作るようになるのね)


 そして、フィルランカの表情が、少し曇った。


(あーっ、でも、そうなると、また、工房にいる時間が長くなるのか)


 フィルランカは、寂しそうな顔をする。


(また、少し、一緒の時間が減ってしまうのかしら)


 フィルランカは、カインクムの背中を見つつ、思いに耽っていた。




 一方、カインクムは、フィルランカに自分の表情を見られた事を恥ずかしく思っていたのだ。


(フィルランカに、見られてしまった。 俺は、エルメアーナに抜かれてしまったのを、見られてしまった。 あーっ、失敗だ。 工房に行ってから、表情を変えるべきだった。 あーっ、恥ずかしい)


 カインクムは、肩を落としてしまったら、フィルランカに、エルメアーナの剣に負けたと思われてしまうだろうと思い、堂々と歩いているのだが、僅かに凹んだ様子が、うかがえていた。


(今日も、また、腕によりをかける必要がありそうね。 それに、5本の剣を売り渡すのだから、きっと、今日の凹みようは、いつも以上かもしれないわね)


 フィルランカは、カインクムの考えていることを思いつつ、リビングに入ろうとすると、カインクムを見送るために、一旦止まった。


 そして、カインクムを癒すのは私の役目だと言わんばかりの笑顔を向けた。


(今日の夕飯も、楽しみにしててね)


 フィルランカは、リビングに入っていった。




 カインクムは、工房に入っていくと、真っ直ぐ作業台に向かった。


 そこには、作業台の上に剣立ての上に載せられている剣のところへ行くと、5本の剣を見た。


 それを見ると、ユーリカリアの剣を取る。


 その剣を取ると、残りの剣を見る。


(全部を一度には無理か)


 5本全部を持ってとなると、ガチガチとそれぞれの剣が当たってしまう。


 それは、作る側のカインクムとしたら本意ではない。


 特に、受け渡しまで、傷一つ無い状態で渡したいのだから、もち運びの時に鞘が、別の剣と触れて、凹みができるのは厳禁なのだ。


 そう思うと、ウィルリーンの剣を手に取って工房を出た。


 店に戻ると、テーブルにユーリカリア達が座っていた。


 テーブルの上にカインクムは、持ってきた2本の剣を置く。


 1本は、刃幅が太いので、ユーリカリアのだと、直ぐに分かったようだが、もう1本が誰のなのかとと思っていると、カインクムが声をかけた。


「ユーリカリアとウイルリーンのだ。 ちょっと確認しておいてくれ」


 カインクムの言葉に、フェイルカミラは自分の剣はまだだと思った様子で、ため息を吐いたが、ウィルリーンは緊張を解いた。


 他は、自分のリクエストとは違うことから、少しがっかりした様子で見ているので、カインクムは慌てて言い訳をするように答えた。


「待ってな。 残りの3本も持ってくる。」


 カインクムの言葉に、依頼していた3人の目つきが変わった。


 カインクムが、剣を2本しか持ってこなかった事で、残りの3人は、自分の剣はまだできあ上がってないと思ったようだが、カインクムの言葉で、一度に持ってこれなかったのだろうと理解したようだ。


 自分の剣も完成していると分かったので、3人はニヤリとした。


 カインクムは、テーブルを離れて、店の奥の扉を出ると、ユーリカリアとウィルリーン以外が、テーブルの上に置かれた剣に、体を乗り出して覗き込んだ。


 それに対してユーリカリアとウィルリーンは、のんびりとフィルランカの淹れてくれたお茶を飲んでいる。


 4人は、のんびりとお茶を飲んでいる2人をジロリと見た。


「リーダー、確認しないんですか?」


「そうです。 ウィルねえも、早く見ましょうよ」


 フェイルカミラとシェルリーンの話にフィルルカーシャとヴィラレットが、同意するように、ウンウンと頷いている。


「ん? ああ、でも、直ぐにお前達のも来るだろ」


「そうよ。 それからでも、構わないでしょ」


 その呑気な対応に4人はムッとした。


「ダメですよ。 そんなことしたら、私は自分の剣を見てしまいます。 今のうちに、リーダーと副リーダーの剣を見て置きたいんです」


 フィルルカーシャ達は、今のうちに、2人の剣を確認しておこうと思ったようだ。


 それを聞いて、ユーリカリアとウィルリーンは、一瞬、ムッとしたようだ。


「カーシャねえ、それは、2人に失礼ですよ」


「何をもめているんだ?」


 店の奥の扉を開いて、カインクムが戻ってきた。


 全員が、扉のカインクムを見ると、その手には、また、2本の剣が持たれていた。


 そこには、普通の剣が、2本あった。


 カインクムは、その剣をテーブルに並べておく。


「私の剣は?」


「慌てるなって、腕は2本しか無いからな。 一度に運ぶのは、2本ずつだ。 ウサギの嬢ちゃんのも、ちゃんとできている。 この後持ってくるから、ちょっと、待ってくれ」


 1本だけ、最後になってしまったフィルルカーシャは、不安になってしまったようだが、直ぐにカインクムが、持ってくると言ってくれたので安心した。


「一番長いのが、フェイルカミラ、あんたのだ。 それと短いのが、シェルリーン、あんたのだ」


 それを聞いて、2人は、息を呑んだ。


「じゃあ、ウサギの嬢ちゃんのを持ってくるんで、待っててくれ。 後、出来栄えは、確認しておいてくれ。 後、試し斬りが必要なら、後で、裏に用意する」


「「ありがとうございます」」


 嬉しそうにシェルリーンとフェイルカミラが答えると、2人は、自分用の剣を手に持っていた。


 それをフィルルカーシャとヴィラレットが、覗き込むように見ているのを、カインクムは、横目で見つつ、工房に戻っていく。


「「おおーっ」」


 今度のシェルリーンとフェイルカミラは、直ぐに鞘から剣を抜くと、目の前に翳していた。


 それをフィルルカーシャとヴィラレットが、横から覗き込んでいた。


 お互いに剣の出来栄えを見て感心しているようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る