第36話 新たな剣の材料の調達


 カインクムは、フィルランカに朝から甘えられてしまったので、少し照れたような表情をしていた。


 しかし、店を出て、素材を購入に行く。


 素材を売っている店は、この通り沿いにあり、すぐに用意できる。


 カインクムは、いつもの素材屋に行く。


「邪魔するよ」


 素材屋の扉を開けつつ、あいさつをすると、その店の店主はカインクムを見て、笑顔を向けた。


「やあ、カインクムさん。 今日は、どんなご用件ですか?」


「ああ、この前もらった軟鉄と硬鉄を、また、欲しいんだ」


 それを聞いて素材屋の主人は、不思議そうな顔をした。


「なあ、カインクムさん。 あんたは、冒険者用の武器が売れ筋商品の鍛冶屋だろう。 鋼鉄はわかるんだが、なんで軟鉄なんだ?」


 素材屋の主人は、取引をする鍛冶屋が必要としている素材について熟知している。


 どこの店は、この素材を使うから売れているなら、そろそろ自分のところに注文があるだろうと予想もできる。


 しかし、カインクムは、突然、今までの素材とは別の素材が欲しいと言ってきた。


 しかも、2種類の素材を要求し、しかも、今までより少ない量を要求してきたのだから、不思議に思ったようだ。


「まあ、そうなんだがな。 軟鉄は、材料として必要なんだ。 至る所で使うことになるのでな」


 カインクムは、適当に答えるだけだったので、素材屋の主人は、自分の疑問が解決したとは思えないようだ。


「それに、硬鉄だって、今までの硬さより硬いだろう。 軟鉄は、直ぐに曲がりそうだし、硬鉄は割れそうだし、一体、何に使うんだい? ひょっとして、新しい武器の開発を行なっているのかい?」


 カインクムは、色々と聞かれて、答えに困ったようだ。


 ジュエルイアンとの話もあるので、詳しい話はしたくないのだ。


「まあ、そんなところだ。 今、色々と試行錯誤をしている。 だから、形とか色々と試しているんだ。 なので、少し素材が多く必要なんだ」


 カインクムは、実験を繰り返しているようなことを答えたのだ。


 そんな時というのは、新たな技術を考えているなら、その様子を詳しくは伝えたくないと、一般的には考える事になる。


 それを聞くと、素材屋の主人もそれ以上の事は、完成しないと話してはくれないだろうと思ったようだ。


「ほーっ、新しい武器か。 何か思いついたみたいだな。 そうかい、それなら、その新しい武器の出来栄えが良いことを祈っているよ。 カインクムさんの武器が売れるってことは、うちの素材も多く売れるってことだからな。 いい武器ができることを祈っているよ」


「ああ、ありがとうよ。 それで、前回頼んだ時の量の5倍の量を用意してもらいたいんだが、あるかい?」


「5倍かい」


 素材屋の主人は、少し頭を捻っていた。


「ちょっと待ってな。 倉庫の方を見てくる」


 奥に素材屋の主人が消えると、カインクムは、店の奥にある商談用のテーブルに行き、椅子に腰を下ろした。


 そして、店の中を物色するように眺めた。


 製鉄された金属もあれば、溶かしただけだったり、ある程度次の加工を施せるように、細長い板状のものだったり、さまざまな素材が置いてあった。


 ただ、店の棚に置いてある金属は、あまり高額そうなものは置いてはない。


 高額な素材となれば、鍵のかかった扉の奥に入れてあるのだ。


 カインクムが盗みを働くことは無いが、知らない顔の客だと、盗み目当てで、カインクムのような話をして、奥に何かを取りに行った間に盗まれることもあるのだ。


 そのため、店番は目を光らせているのだ。




 カインクムは、知らないものが見たら、ただ、店の主人が、くつろいでいるようにテーブルに腰掛けているような表情で座っていた。


 すると、奥の方から、ゴロゴロと台車の車輪が回るような音とともに、素材屋の主人が現れた。


 主人は、台車に大きな箱を2つ乗せて持ってきた。


「この前、買ってもらった素材は、この中のものだ。 前回の素材でよかったら、ここから適当に選んでもらえば構わない」


「ああ、ありがとうよ。 熱して叩くから、形はどんなのでも構わないんだ。 問題なのは、硬度が安定しているかってところかな」


「ほーっ、そうなのか」


 素材屋の主人は、カインクムの話を流していた。


「なあ、カインクムさん。 南の王国で、なんだか、とてつもなく斬れる剣が売られているって噂になっているのは、耳にしたかい」


 カインクムは、箱の中の素材を選んでいた手が止まった。


(エルメアーナの剣の話は、ここまで聞こえているのか。 まあ、俺の作った剣でも、あの斬れ味なら、エルメアーナなら、もう、何十本もの剣を作っているだろうし、話が帝都まで広がるのは早いのか)


 カインクムは、考えるような表情をしていた。


「ああ、聞いたことがある。 とても斬れるらしいな」


 カインクムは、ユーリカリア達の噂話の事を思い出したようだ。


 そして、その噂話をここでまた聞く気はないようだ。


「なあ、その剣なんだが、あんたの腕なら、同じものを作れるんじゃないか? そんな斬れる剣なら、帝国軍に採用してもらえれば、とんでもない数の発注が見込めるんじゃないのか?」


 カインクムは、どう答えていいか分からなかったようだ。


 今、自分が作ろうとしている剣は、その剣なのだが、ジュエルイアンのこともあるので、今、買いに来たその素材が、その剣のための素材だと言うわけにはいかないのだ。


「ああ、そんな剣なら、俺も作ってみたいな。 よく斬れるなら、よく売れるだろうからな。 俺も剣を売れて嬉しいし、お前さんも、素材を俺に売れるから、お前さんも嬉しいわな」


 カインクムは、はぐらかすように答えたので、店の主人は、カインクムも噂程度の話しか知らないのだろうと誤解をしたようだ。


「そうだろう。 なあ、ちょっと、研究してみてもらえないだろうか、その為なら、少しくらい、こっちも便宜を払うから、考えてみてはもらえないだろうか?」


 カインクムは、困った顔をした。


 ただ、カインクムは、その剣の秘密を外に話せないので困っているのだが、素材屋の主人には、そんな難しい剣の研究を話してしまったので、作ることが難しいと思ったようだ。


 ただ、カインクムは、苦笑いをすると、素材屋の主人に向いた。


「ああ、誰かが作ることのできる剣なら、その秘密さえ知ることができれば、作ることは可能だと思う。 その秘密が分かればなのだがな」


 カインクムの答えに、噂のエルメアーナの剣を作るのは難しいのだろうと思ったようだ。


 素材屋の主人は、少しがっかりした様子をした。


「そうだろうな。 その秘密を知ることが、一番大変なんだよな」


 素材屋の主人は、少し諦めた表情で答えた。


 その様子をカインクムは、少し緊張が解けた様子で見ていた。


「だが、俺も、鍛冶屋だ。 研究はしてみるよ。 出来るようになったら、お前さんのところから、素材を買ってやるから、安心しな」


「ああ、そうだな。 期待してるよ、カインクムさん」


 素材屋の主人は、期待半分、諦め半分のような、微妙な口調で答えた。


(今、買っている素材が、その斬れる剣の素材なんだがな)


 カインクムは、黙ったまま、素材の鉄を選んでいた。


「それじゃあ、これだけ、もらえるかな」


 テーブルの上に、2種類の鉄の山を作っていた。


「ああ、じゃあ、今、入れ物を持ってくるよ」


 そう言って、カインクムが選んだ鉄を入れるための木箱を持ってきた。


 その木箱の中に選んだ軟鉄と鋼鉄を分けて入れると、カインクム達は、カウンターに行き、支払いを行っていた。


 支払いを済ませると、カインクムは、両脇にその素材の入った箱を抱えて、自分の店に帰っていくのだった。


 カインクムにしたら、少し冷や汗ものの買い物だったようだ。

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