第35話 甘えるフィルランカ


 カインクムは、恥ずかしさから、フィルランカに、答えたくないと言ったのだが、その答えがフィルランカにはよくなかったようだ。


 フィルランカは、淋しい顔をした。


「すみません。 私は、妻失格だったのですね。 夫の言葉を聞き逃すなんて、大変な失態ですよね。 私は、悪い妻だったのですね」


 少し芝居がかっているように思えるのだが、淋しそうにして、そんなふうにフィルランカから言われると、カインクムは、弱いのだ。


 これ以上黙っていたら不味いだろうと思ったようだ。


「うーん。 可愛いといった」


 仕方なさそうに、さっき言った事を言葉にした。


 その言葉を聞いて、フィルランカは頬を赤くして、カインクムをマジマジと見た。


「えっ! ……」


 カインクムは、恥ずかしそうにして答えると、その答えを聞いて、フィルランカも恥ずかしそうな顔をして、少し固まり気味だ。


 そして、2人の間に沈黙が続く。


 その間、フィルランカは、瞬きもせずにカインクムを見上げていた。


 その沈黙にカインクムは、耐えきれずにいる。


「だから、お前が可愛いと思ったんだ。 だけど、恥ずかしかったから、声が小さくなってしまったんだ。 分かったら、もう、それ以上聞かないでく」


 そこまで言うと、フィルランカは、カインクムの胸を抱えるように抱きついていた。


 それは、体をピッタリと合わせるようにして、相手の体の凹凸が判るように、ピッタリと押しつけるように抱きついたのだ。


 カインクムは、フィルランカの体の柔らかい部分が、自分の体に感じてしまい、恥ずかしそうにしている。


 フィルランカは、カインクムの気持ちなど気にする事なく、しっかりと体を押し付けるようにして、カインクムの首筋に自分の鼻を押しつけるようにしていた。


 自分の夫であるカインクムの匂いを感じて、幸せそうな表情で、自分の胸を押し付けて、腰を合わせるようにして、片足をカインクムの足の間に入れるようにしていた。


「幸せです。 私の事を可愛いと言ってくれる旦那様が、とても愛おしいです」


 フィルランカは、とても優しく言うのだが、その言葉を言うたびに首元にフィルランカの息がかかるので、カインクムは、少し興奮気味になってしまったのか、顔を真っ赤にしていた。


「ああ、分かった。 だから、もういいだろ。 少し、離れてもらえないか」


 カインクムは、自分からフィルランカを離そうとはしなかった。


 カインクムが、それをすると、フィルランカが寂しそうな顔をすると思ったので、自分から体を引き離すことはできずにいたので、フィルランカが離れてくれるのを待ったのだ。


 しかし、カインクムも、少し収まりが悪いので、申し訳なさそうに言ったのだ。


「嫌です。 もう少し、こうさせてください。 できれば、旦那様も手を私に回してくれると、嬉しいのですけど」


 フィルランカが、おねだりをするので、カインクムは、困った様子で、下に伸びていた手を、どうしようかと思った様子で動かした。


 だが、言われた通りにフィルランカに回そうかどうかと困ったように手を動かしていたが、踏ん切りがつかないようだ。


「旦那様は、私の事を抱きしめてくれないのですか?」


 フィルランカは、カインクムに、ピッタリと体を擦り付けていたので、カインクムの腕の動きが、手に取るようにわかっていたのだ。


 それに追い打ちをかけるようにフィルランカは甘えた声で、また、おねだりをしたのだ。


「私は、今、旦那様の愛情を充電しているのですから、ギュッとしてくれたら、早く充電できると思います」


 フィルランカが、カインクムを促した。


「こ、こうか?」


 カインクムは、恥ずかしそうにフィルランカを抱えるように、両手をフィルランカの背中に回したのだ。


「できれば、もう少しきつく抱いてくれると嬉しいのですけど。」


 カインクムは、フィルランカに言われるがまま、少しきつく抱き締めた。


「これでいいのか。」


 カインクムのハグが、フィルランカには、とても嬉しかったので、幸せそうな表情をした。


「はい。 とても、幸せです」


 フィルランカは、幸せを感じていた。




 すると、店の扉が開いた。


「カインクムさん、あっ、あああーっ! 失礼しました」


 入ってきた人は、慌てて、回れ右をして、扉から出て行ってしまった。


 流石に、ここまでだと思ったのだろう、カインクムは、フィルランカの肩を持って、抱きついているフィルランカを引き剥がしにかかった。


 抱きしめていたのを見られて、カインクムは、恥ずかしそうにした。


「見られた。 今のは、誰だったんだ?」


 カインクムは、見られた相手に言い訳をしなければと思ったので、誰だったのかを確認するように聞いた。


「別に誰でもいいじゃありませんか。 私達が仲が良い話は、いつものことですから、気にすることはありません」


 そう言って、フィルランカは、少し物足りなさそうに上目遣いで見た。


「いや、そうもいかないだろう」


 カインクムは、まだ、恥ずかしさが抑えきれずにいたようだ。


「ええー」


 フィルランカは、残念そうに答えた。


「いや、朝っぱらから、こういうのは、よくないだろう」


「でもぉ」


 フィルランカは、物足りなさそうに、カインクムを見つめた。


 それをカインクムは恥ずかしそうに受けていた。


「……」


「……」


 2人の間に、沈黙が続くが、それはすぐに終わった。


 その沈黙に耐えられなくなったのは、カインクムだった。


「わかった。 この続きは、今晩するから、今は、ここまでな」


 それを聞くと、フィルランカは、笑顔をカインクムに向けた。


「わかりました。 今日も、精のつくものを中心に、用意しますね」


 フィルランカは、今日の食事のメニューを、夜のための料理に変更することを決意したようだ。


 それにより、フィルランカは冷静に戻ったこともあり、カインクムの予定を知っているフィルランカとしたら、この時間に店に来る事が気になったようだ。


「ところで、店には、何か御用だったのですか?」


 フィルランカに言われて、カインクムは、自分の用事を思い出したようだ。


「ああ、剣の素材の買い出しに行ってくると言いにきたのを忘れてた」


 カインクムの用事を聞いたことで、フィルランカは通常営業に戻ると、艶やかな笑顔ではなく、誰にでも見せる笑顔を向けた。


「かしこまりました。 お店は、私が見ておきますから、買いに行ってきてください」


「あ、ああ」


 カインクムは、それを言いにきただけだったのだが、とんでもないことになってしまったと思ったが、そのまま、店を出て、剣の素材の買い出しに向かったのだ。

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