第28話 カインクムの付与する魔法紋


 カインクムは、店用に置いてあった台車を持ってきた。


 ウィルリーンに、魔法紋を付与する魔法を見せるためにと思って、周りを見渡すと、目についた台車でいいだろうと思ったのだ。


 持ってきた台車で、軽量化の魔法紋が付与された事を証明するにはと、カインクムは考えると、やはり、重い物を動かして確認させるのが、手っ取り早いと思ったのだ。


 台車に乗せる物と思うと、カインクムの様子をユーリカリア達が、全員、カインクムを見ているので、一番背の高いフェイルカミラと、その横にいたシェルリーンに声をかけた。


「申し訳ないが、嬢ちゃん達2人この台車の上に乗ってくれないか」


 そう言うと、フェイルカミラとシェルリーンは、お互いを見た。


 2人は、台車に乗るなんて事が無いので、お互いにどうしようかと思ったようだが、カインクムが言った事と、ウィルリーンの視線が気になるので、仕方なく、2人は、台車の上に乗った。


 身長が低いシェルリーンが、最初に乗って、台車の取手に捕まると、その後ろにフェイルカミラが、シェルリーンを覆うようにして、取手に手をかけた。


「すまんが、そのまま、掴まっていてくれ、少しだけ動かす」


 そう言って少し動かすが、2人の体重で簡単には動かない事を確認して、ウィルリーンを呼んで台車を押させた。


 ウィルリーンに、重さを実感させることにしたのだ。


「あんたも、この重さを実感しておいてくれ。」


 ウィルリーンは、カインクムに言われて、台車の前に来ると、言われるままに台車を動かすが、簡単には動かない。


 その事を確認させた。


「今の、動き具合は分かったみたいだから、これから、魔法紋を描く」


 そう言って、台車に乗った2人にも降りてもらうと、台車をひっ繰り返してカインクムは、台車の裏を見た。


「俺が出来るのは、これと水魔法だけなんだ。 だから、魔法の嬢ちゃん、悪いが、よく見えるところで見ていてくれ」


「ああ、魔法で魔法紋が出来るところを、しっかりと見せてもらおう」


 ウィルリーンの言葉には、手品のタネを見つけてやるから、そこでやってみせろと、いった感じがあった。




 すると、カインクムの横に居るウィルリーンに、ひっくり返した台車の裏の中央あたりを指し示した。


「この中央に魔法紋を描くから、よく見ていてくれ。」


 そう言うと、手をかざして詠唱を始めた。


「我は、命ずる。 森羅万象に基づき、ここに願いを伝える。 反重力の魔法によって、ここに掛かる重量を物質の持つ反発力をもって相殺せよ。 ドロウイング。」


 そう言うと、台車の表面に直径10cm程の魔法紋がゆっくりと浮き上がってきた。


 魔法紋を完成させると、カインクムは、かざした手を元に戻した。


「こんな感じで描くんだ」


 そう言って、横にいるウィルリーンを見ると、この世の物とは思えない物を見たといった感じで、顔から血の気がひいて、青白くなって目を大きく見開いて瞬きも忘れているようだった。


 それを見て、カインクムが心配になったようだ。


「魔法の嬢ちゃん、大丈夫か」


 その言葉に、我に返ったウィルリーンは、カインクムを見た。


「あり得ない、魔法紋がこんな方法で描けるなんて、あり得ない。 いや、これは、ただの模様であって、魔法紋の性能があるなんてことは、そんな事は、そんな事は、有ってはならない」


 そう言っているウィルリーンを余所に、カインクムは台車を元に戻して、さっきのように、2人を台車に乗せようと考えたようだ。


「物は試しだ。 さっきの嬢ちゃん達、また、この台車の上に乗ってもらえないか。」


 そう言って、フェイルカミラとシェルリーンが、さっきと同じように、台車に乗ると、カインクムが動き具合を確認した。


 しかし、誰が見ても、空の台車を動かしているように見えているのだが、そんな様子を見ても、ウィルリーンは、ただ、呆然と見ているだけなので、カインクムは、確認させるために、ウィルリーンに台車を渡した。


「じゃあ、魔法の嬢ちゃん、ちょっと押してみてくれ」


 カインクムの言葉に、恐る恐るウィルリーンは、取手に手を近づけた。


 信じられないと思っているので、手が震えているのが、周りの人達にはよく分かったようだ。


 その震える手で、台車の取手を握ると、押そうかどうしようか悩んでいるように見えた。


(もし、先程とは全く違う感じになってしまったら、私の魔法が、否定されるのではないの? 私の知る以外の魔法が存在する。 全ての魔法を教えてもらったはずなのに、知らない魔法が存在する。 この魔法紋が発動したら、自分自身を否定しなければならないのかも)


 ウィルリーンには、恐怖心も湧き上がっているようだ。


「嬢ちゃん。 俺は、あんたの魔法に関する事を、否定しているわけでは無い。 この魔法紋の魔法を嬢ちゃんに覚えて欲しいんだ。 そうすれば、あんたのメンバーの武器は、各段に性能が上がる。 それは、あんたらの生存率のアップに繋がるんじゃないのか」


 そうカインクムに言われて、改めて考え直すと、今この瞬間は、新たな魔法との出会い、自分の魔法が更に深まるという事なのだと気がついたようだ。


 ウィルリーンは、少し気が楽になったらしく、顔色が先程より良くなった事がわかった。


「それじゃあ、押してみてくれ。 人が乗っているからゆっくりとな。 呉々も、さっきのような力は掛けないようにな」


 言われるまま、ウィルリーンは台車を押すと、先程は、力一杯に押してやっと動いたのだが、今回は空の台車を押す程度の力で動く。


 ウィルリーンは、力を入れた瞬間、ゾクっとして、その台車を押す感覚を味わっていた。


 足が前に出ない。


 伸びきた腕を、今度は自分のほうに戻していた。


 それも同じで、空の台車を動かす程度の力で動いたのだ。

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