嵐が過ぎ去る日々


透明な箱。何もないところで転ぶ。

刃のないナイフ。誰かに陰口を叩かれる。

穴の空いた財布。無駄遣いをする。


どれもこれも小さな不幸で、気づかなくてもおかしくないことばかりだ。

サシャの言葉を疑わず、エリーゼは辛抱強く守っていた。


そして、彼女の肩には中身の飛び出たぬいぐるみがくっついていた。

ギュンターたちに何も言わずにサシャに会いに行くことが、彼女の隠し事であるらしい。


その日からエリーゼとギュンターの追いかけっこが始まった。

1日の運勢をエリーゼがこっそり聞きに来て、ギュンターが来る前に逃げる。


「どうして私のことを話さないんですか?

占い師に会いに行くと言えば、許してくれるのでは?」


「そうもいかないのです。

ここは危険な場所だから近づくなと言われているので」


「だったら、なおさら彼らに連れて来てもらえばいいのでは」


「それだと意味がないじゃありませんか。

私、あなたと友だちになりたいのに」


「友だち、ね」


繰り返しても何も響かない。

くりっとした両目でサシャを見つめる。

友だちになるには身分の差が大きすぎる。

溝の深さを理解できていないようだ。


「あなたは友だちを自由に選べるでしょう。

もっとふさわしい人がいるはずです」


やんわりと断った。

金があるというだけで、生きる環境が大きく変わる。

交友関係も広く、優しくしてくれる人が多いはずだ。


2人の前に影が覆い被さった。

眉を上げて、見下ろしている。


「今日は逃がさないからな、お嬢」


「あれれ、見つかってしまいました」


エリーゼは楽しそうに笑うだけだ。

少なくとも、いたずらが見つかった子どもの態度ではない。


「勘弁してくれよ、何でこんなことをするんだ?」


「彼女がどんな人なのか、ちゃんと知りたかったんです。

話を聞いてるだけでは、何も分かりませんから」


彼女の言い分にも一理ある。しかし、その行動はあまりにも危険すぎる。

人質にされて、身代金を要求されてもおかしくない。


「占い師さんからも何か言ってやってくれないか。

こうも自由に行動されると、何が起きるか分かったもんじゃない」


「私も何度も言ってるんですけどね。

友だちになりたいと言って聞かないんです」


頭を抱え、苦い表情を浮かべる。

世間知らずのお嬢様を守るのは想像以上に大変そうだ。


「なんか悪いな、付き合ってもらっちゃって」


「いえ、別に気にしていませんから」


謝罪の代わりのつもりなのか、硬貨をいつもより多く手渡してくれた。

特に何かしたわけでもないのに、こんなにもらってしまっていいのだろうか。


「とりあえず、ボスに報告するからな」


「はーい。それじゃあ、また明日」


まったく懲りてないのか、手を振って帰って行った。

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