中身の飛び出たぬいぐるみ


その日は通りを歩く人々の頭に霧雨が舞っていた。

通り雨にあう暗示で、案の定雲行きが怪しくなってきた。


サシャは屋根の下でひっそりとたたずんでいた。

しばらくすると、大粒の雨が降り出した。

ほんの少しの優越感を味わいながら、大慌てで走り出す人々を見ていた。


「ひえー……すごいことになってしまいましたね。

今日は晴れるって思っていたのですが」


同い年と思われる少女が隣に駆け込んだ。

柔らかそうな金髪を頭の上で二つに結んでいる。

ハンカチで体を拭きながら、空を見上げた。

分厚い灰色に覆われている。雨はやみそうにない。


「残念ながら、今日はずっとこんな感じですよ」


「それ、本当なんですか?」


目を丸くしてサシャを見た。

青色の目は冷たい光を放つ宝石を思わせる。

装飾の多いワンピースや綺麗な髪飾りは貧民が手を出せる代物ではない。


「まちがいありません。

それから、何か隠し事をしているようですが、今日中にバレますよ」


少女の肩に中身の飛び出たぬいぐるみがくっついている。

隠し事が知られてしまう暗示だ。


このような暗示が見える人は大体、よからぬことを考えている。

普段なら話も聞かずに逃げているところだが、この大雨だ。

雑談ついでに忠告しただけだ。


「なんということでしょう……それも本当なのですか?」


「ええ、まちがいありませんよ。

何か目的があるなら、正直に話した方がいいと思います」


少女は困ったように首をひねった後、ひらめいたように手を叩いた。


「もしかして、あなたがきょうを読む人ですか?

よく当たる占い師がいるって、聞いたことがあるんです」


ぬいぐるみが消える様子はない。

サシャに何か隠しているわけではないようだ。

同時に彼女の言葉も嘘ではないことも分かる。


「私に分かるのは隠し事が誰かにばれるということだけです。

それ以上のことは何も分かりません」


少女は財布から硬貨を取り出し、サシャに手渡した。

断っても無駄だというのはこれまでのやり取りで散々学んだので、黙って受け取った。


「私、エリーゼって言います。

こんなすごい人に会えて、とても嬉しいです」


「サシャと申します。すごくなんてないですよ。

見えた物を教えているだけですから。

信じるも信じないもその人次第です」


エリーゼを見ると、身分の違いを見せつけられている様な気分になる。

そもそも、金持ちが来る場所ではない。

今頃、誰か探し回っているのではないだろうか。


「ざけんじゃねえ、待ちやがれ!」


穏やかな空気を聴き慣れた叫び声がかき消した。


「あら、見つかってしまいました。それでは、また今度来ますね」


少女は手を振りながら全力で走って逃げた。ぬいぐるみは消えていた。

ギュンターが怒鳴り散らしながら、嵐のごとくサシャの目の前を走って行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る