頭上から滴る水


今日も通りは人々でにぎわい、サシャはこっそり潜んでいた。

小屋と小屋の間に収まり、置物のようにじっと座っている。


貧しい人と豊かな人が共存しているように見えて、実は隔たりがある。

それが魔界だ。


「よっ、占い師さん。元気にしてるか?」


「はい、どうにか……」


剣を腰から下げた青年、ギュンターが片手をあげる。

彼女の言葉を信じた数少ない人物だ。


財布を抜き取る黒い影は、貴重品を盗られる暗示だ。

実際にスリに合い、返り討ちにしたらしい。

それ以来、ここを通った時は必ず声をかけてくれる。


「今日は何も見えません。

よく気をつけていれば、特に何もないと思います」


災いが見えない日もあり、その日は穏やかに過ごせる。

それだけでも十分幸福だ。


「今日は俺じゃなくて、コイツを見てくれないか?」


髪を赤と黒のまだら模様に染めている青年を前に突き出した。


「……初めまして。シェフィールドっていいます」


「こんにちは。サシャです」


「突然ですみませんが、貴方が未来予知の魔法使いっスね?」


シェフィールドはそう話を切り出した。


「使っている自覚はないかもしれないけど、災いを予言するその力はまちがいなく魔法っス。そんな強力な魔法、さすがに見過ごせませんから」


災いが見えるのは魔法の力だった。

そんなことを突然言われても、いまいちよく分からない。

だが、彼に災いの暗示が出ている。


「シェフィールドさん、頭上から水が垂れ落ちています。

今まで見た人たちの中でも、特に強く出ています。

今日は水に近づかない方がいいかも……」


「水難の相ってヤツか? なんかベタだな」


「未来予知にベタも何もないでしょ」


肩をすくめると、自転車が水たまりを通り、泥水をかけられた。

続いてコップが飛んできて、頭に直撃した。

さらに、蛇口が吹き飛び、水道管が破裂した。


全身で水を浴びたからか、無言になってしまった。ギュンターは口に手を当て、必死に笑いを堪えていた。


「……これで分かっただろ? 彼女の力は本物だ」


「今度、ウチの大先輩を見てもらってもいいですか?

あの人に何かあったら、たまったもんじゃないので」


「ボスを連れてくるのか? こういうの、嫌いそうだけどな」


「魔法となれば話は別だよ。

あの人自身も魔法使いだから、きっと助けてくれると思うよ」


シェフィールドは彼女の手のひらに紙幣を握らせた。


「これは料金も支払わないで見てもらっていた人たちの分。

予知の魔法使いは貴重っスからね。死んでもらっちゃ困るんスわ。

それじゃ、また今度来ます」


くるりと背を向けて、さっさと歩いて行った。

サシャは困ったように紙幣を眺めていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る