第2話 報告

 カフェを出た後、ボクは妖政府に、なりは人政府に報告しに行くことにした。

捕まえたイタチはボクが責任をもって隠世につれていくことになった。

 今は気を失っているが、目を覚ましたら面倒くさいことになってしまう。だから、いったん家に帰って本格的な拘束をしないと…。

「それも面倒くさいな…」

「いや~、がんばってくださいネ」

 なりが、ニヤニヤしながらむかつくことを言ってきた。こいつが、ボクとタッグを組んでなかったらぶん殴ってやるのに…!

 狂暴化矯正委員の規則として、『戦闘時以外は相手に傷をつけない』というものがある。それを破ってしまうと、最低クビ、最高…首が飛ぶ。職を失うから、チーンまで用意されてるとか…用意周到すぎ。

「そういやさ、女の人起きた?」

「いや、まだ気絶してる」

 女の人はなりが背負ってくれている。というか、ボクは身長的に背負えないからなりが背負うしかないんだけど。

 一応、出来る限りの応急処置はしたけど、大丈夫かな。妖怪とのいざこざに巻き込まれて、この人も大変だな。

 今こうして妖怪が人に害を加えているのは、現世の空気に侵されたから。ボクや一部の奴らは耐性があるからいいけど、大多数の妖怪は現世に来たら一発アウト。

「なんで、しぐれは耐性があるんだよ。どっからどうみても幼稚園児なのに」

「うるせー」

 確かにボクは妖怪のなかでも小さいほうだけど、結構長生きしている。

「見た目で判断するな、青髪が!」

「お前も、見た目のこと言ってんじゃん」

 本当にこいつ嫌い。今からでもいいから、政府に言って相方変えてもらうことってできないのかな。1人でやるのもいいし…。本当に、こいつ無理。

「駅着いたから解散な」

「んー」

 なりは、駅の中に入っていった。それ、女の人背負ったまま入って行ったら、目立つんじゃ…。

 案の定、なりは周りの人から距離をおかれていた。でも、あいつはそんなこと気にせずにつかつかと歩いて行った。

 あいつのああいうところだけは、尊敬するわ。

「…はよ帰ろ」

 家に帰ったら、イタチの拘束をしなおして、残っていた書類仕事して、それ持って

政府に行かなきゃ…。ちなみに、この仕事に休みはない。平日、休日関係なく事件が起こるからだ。

「ほんとにブラックすぎ」

 そんなことを考えながら、家に向かって歩いて行った。


 ボクの家は、隠世と現世の境目にある。境目と言っても、ここから隠世に行けるとかそういう場所ではない。隠世に行くには、正当な手順を踏まなければいけない。

 境目は現世からは干渉できるものの、隠世からはできない。境目とは、現世から

分岐された世界だからだ。木の枝をイメージしたらわかりやすい。1つの木があるとして、そこから2本の枝がはえている。そのうちの1本からまた枝が分かれているという図だ。

「ややこしいんだよな、ここって」

 見た目は普通の森だが、ここには現世にはない植物などがたくさんある。そして、ここは現世の空気に侵されていない。ボクらがこちらに来たときに結解を張ったのだ。この森は、純度100%の隠世の空気が満ちている。

「ただいまー」

 ボクは家の扉を開けた。

「おかえりなさい」

 この犬の耳と尻尾がはえた男はボクの同居人だ。そして、この森に結解を張った張本人。ちなみに、こいつが作るご飯はめちゃくちゃに美味い。

「ご主人、今日はご飯どうしますか?」

 ご主人と呼ばれてはいるが、べつにそんな契約を交わしてはいない。こいつが勝手に呼んでいるだけだ。

「う~ん、さすがに今日はご飯食べたいな…」

 いつもは仕事の多さから食べないことが多いけど、今日はいつもよりは時間に余裕があるから食べよう。何日間もご飯を食べないのは健康に悪いからな。まぁ、なんも食べなくてもボクら妖怪は死にはしないけど。

「分かりました、今から妖政府のところへ?」

「いや、少し仕事を減らしてから行く」

 この男…いや"夜月"はおもにこの家の家事をしてくれている。ボクは長いこと家を空けることが多いから助かっている。ダメなところと言えば、ボクより背が高いことくらいかな。あと、いつも目を閉じているから顔からあまり感情が読めない。

「じゃ、ボク部屋にいるから」

 階段を駆け上がっていく。上がってすぐ右にあるのがボクの部屋だ。部屋の中は山のように積み重なっている書類がある。これ全部がボクの仕事だ。しかも、この書類の内容は妖怪による現世の被害報告…。圧倒的に、人手が足りていないということが手にとってわかる。いや、なんなら取らなくても分かる。

「妖力、霊力が高いやつなんて、探せば見つかるだろ…」

 椅子を後ろにひき、そこに座る。いつもの地獄の作業がはじまった。

まずは、イタチの拘束を強く補強するところからだ。

 

 どれくらい時間が経ったのかは分からないが、日が完全に落ちようとしていた。仕事もあらかた終わってきたから、政府に行こう。

 椅子から立ち、背伸びをする。ポキポキと音がした。

「行くか~」

 あまり行きたくはないが、仕事の報告をしなくてはならない。

 政府に行くとなれば、この人間みたいな恰好はなおさなくちゃ。完全に忘れてた。今のボクの格好は、黒髪に猫の耳がはえていて、いつもの服。黒いジャンバーに、赤色の短パン。一部にチェック柄が入っている。ジャンバーの中には白色のTシャツでワンポイントとして、赤と黒のグラデーションの市松模様みたいなのが入っている。

 服は…まぁ、これでいいか。あとは髪の毛。

 ボクは、指をパチンッとならした。すると、髪の毛の色が黒色から白色になっていった。ひとたばだけ、黒色のままで。

「これでよし」

 これがいつものボク。猫耳は黒色のままで白い髪の毛にたいしてちょっと不自然だけど。それにも慣れた。

 ボクは必要な書類を持って、階段をおりて行った。腰についていたおかめの仮面をつけて、大声で家の中で叫んだ。

「行ってきます!」

「ごはんが冷める前に帰ってきてくださいね」

 夜月からの返事を聞いて、ボクは家を出ていった。


 隠世に行くには、正当な手順を踏まないといけない。

 まず、境界にある隠世へ通じる"木"まで行く。木は一年中花が咲き誇っている。その花は、これという名前がない。花に、記憶消去の効果があるからだ。名前を付けても、この花に触れるだけで簡単な記憶消去ができる。花は、とてももろく、少しの風だけで花びらが散ってしまう。みんなその花びらに触れて記憶が少し消えるのだろう。だが、特定の条件さえクリアしていれば、触れても記憶は消えない。

 木があったら、その木に自身の血を少量たらす。その数秒後は、もう隠世だ。

隠世と言っても、端の端だけど。ここからは、都の門があるところまで歩く。

 正当な手順と言っても、結構簡単だ。だけど、一番めんどくさいのが門の門番たち。

「こ、こんにちは~」

 なんで面倒くさいかというと…

「なんで俺がとっておいた饅頭食ったんだよ!」

「だって机の上に置いてあったんだもん!」

 鬼で、双子の門番たちはいつも喧嘩ばかりしているから…。

「なんでもかんでも食うんじゃねえよ!」

「名前書いてなかったほうが悪いだろうが!」

 兄のヒガン。妹のシガン。この2人はめちゃくちゃ仲が悪い。今はなんでヒガンの饅頭を食べたのかをシガンに問い詰めているらしい。

 ボクの挨拶は、無視されてしまった。ほんとにこの2人は…。

「お~い!聞いて!」

 大声で叫んだら、こっちを見た。やっとボクに気付いてくれたみたいだ。

「大声が聞こえたと思ったら、あんたか」

「来てたなら、もうちょっと早く声かけてくれたらよかったのに」

「かけたけど、あんたらが気付かなかっただけ!」

 こいつら、耳壊れてんのか?

「政府に用事?」

 シガンがさっきまでの態度が嘘のように表情を変えてボクに話しかけてくる。

ヒガンはシガンの態度の変わりようについて行けずに、顔はまだ怒り顔だった。

「仕事の報告に…」

 そういうと、2人は手に持っていた槍を壁に立てかけ、重そうな門を軽々と開けた。いつ見ても思う。こいつら、ちゃんと仕事してれば、門番からすぐ出世できそうなのに、と。

「「それでは」」

 2人は声をそろえてボクをおくった。声がそろうと、やっぱりこいつらは双子なんだなと思う。本当は、仲がいいんだろうな。

 無意識だったとは思う、ボクは門が閉じるまで2人を羨ましそうに見つめていた。

 門が閉じきると、向こう側から喧嘩する声が聞こえてきた。

…仲がいいというのは無いらしい。

「久しぶりの都だ~。いつも通り夜だな~」

 隠世はいつも夜だ。妖怪は、昼より夜のほうが活動しやすいという性質に合わせているのだ。ボクも朝や、昼よりも、夜のほうが好き。

 ボクは寄り道をしながらも、政府の本部に向かって行った。

 本部は、都の中心地に建っている城の中にある。

「いつ見ても、迫力ヤバいな」

 中に入ると、妖怪たちが忙しそうに働いていた。そのうちの1人がボクに気が付き、近づいてきた。

「お久しぶりです」

「久しぶり。御上に仕事の報告しに来たんだけど」

 御上というのは隠世で一番偉い人のことだ。誰にも名前を明かさないから、みんなこう呼ぶようになった。

 そして、この女の人は、千草さん。「がしゃどくろ」という妖怪。普段は、おしとやかで優しいが、怒ると大きな骸骨になって襲ってくる。

「上の階にどうぞ」

 優しい声色で、ボクを上の階に案内した。

 上の階は、下とは違い、静寂で満ち溢れていた。聞こえる音と言えば、ボクらの足音だけだ。周りには、火の玉が何個かふよふよと浮かんでいる。

 廊下を進んで行くと、大きな扉が見えてきた。

「千草です」

「入っていいよー」

 中から声が聞こえた。それを合図に千草さんは、大きな扉を軽々と開けた。妖怪というものは、どいつもこいつも馬鹿力なんだな。

「あ、しぐ!いらっしゃ~い」

「お久しぶりです」

 まるで、友達と話すようにボクに話しかけてきた妖怪の名は黒、この隠世で一番偉い。簡単に言ったら、王様みたいな人だ。…人じゃないな、妖怪だな。

「黒様、今月の仕事の報告をしに来ました」

「お、今月は大変だったって聞いてるよ~」

 いつものほほんとしていて、頼りなさそうな雰囲気なのに、仕事はできる。優しい性格で、隠世のみんなにも愛されている。が、ボクはちょっと苦手だ。いつも布で顔を隠してるから、何考えてるのか全く分からない。

「今月は妖怪関連の事件が、約70件ありました」

「え!先月は20件くらいだったのに?」

「はい、しかもほとんどの妖怪が人的被害をだしています」

「それもおかしいね、この前までは直接人間に被害はおよばなかったのに…」

 先月の被害は、まだよかったと言える。人が、亡くなってしまったからだ。妖怪には、人と同じように良いやつもいれば、悪いやつもいる。今日回収した奴も、女の人を攻撃していた。ボクらが行かなかったら、あの人は死んでいただろう。

「隠世の人口密度…いや、妖口密度の問題なのかな~?この状況は」

「最近の事件は、ほとんど殺傷性の高い妖怪が犯行に関わっています。先月までは、妖力の弱い者がほとんどでした」

「なるほど…」

「妖力の弱い者が、強い者に住処をおわれ現世に来てしまった…なら分かりますが、強い者が弱い者におわれるのは不自然なことです」

 ただの偶然か、もしくは…

「人為的か…」

 そこんところはまだなにも分かっていない。

「じゃあ、その問題の捜査もお願いしていい?」

「…は?」

「しぐは、僕のお願い聞いてくれるよね?」

 ボクが黒様が苦手なのは、考えていることが全く分からないことともう一つ理由がある。

「よろしくね!」

 勝手に仕事を渡される…。しかも大量に。ボクが断れないのをいいことに、何個も何個も渡される。気が付けば、仕事が山のようにある。

 ボクと千草さんは、部屋を出た。

「これだから、あの人は苦手なんだ…」

 

 


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2つの世界で猫は笑う みこのこ @r8219

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