第142話 【姉・1】


 ジンとヘレナ、二人の関係は良く悪くも無い、というより何もないが正しい表現だろう。

 父からは虐待され、義母からは嫌われ、義弟からは虐められていたジン。

 そんな中、ラージニア家の長女であるヘレナはジンに対して特になにかした事は無い。

 それは家族とジンの間に入り、仲裁に入るなどの事も含めて本当に何も関わりが無かった。

 ジンとヘレナは、そこには何も関係が無い、ただの姉弟だった。


「それで、姉さんは何で今更俺の所にきたの?」


 あの後、あのまま食堂で話すのではなく、俺は一旦自分の借りてる部屋に移動して来た。


「あら、姉と呼んでくれるのね嬉しいわ」


 俺が口にした〝姉〟という言葉にヘレナは笑みを浮かべた。

 ……こんな、ヘレナの姿はゲームでも見た事が無い。

 そもそも彼女は、基本無言無表情といった何も分からないキャラだった。

 そして設定資料ですら、彼女の事は特に明記していなかった。


「それで会いに来た理由は、貴方で最後だからよ。ラージニア家のせいで、人生を狂わされた人がね」


「……どういうことですか?」


「ふふっ、そうね。これだけじゃ、分からないわよね。それじゃあ、私が何をしてきたのか教えてあげるわ」


 それから俺は、ゲームでも明かされなかったヘレナ・フォン・ラージニアの話を聞く事になった。



 ヘレナ・フォン・ラージニアは名前の通り、ラージニア家に生まれ長女として何不自由ない生活を送っていた。

 ある日、自分に弟が出来たと聞いて喜んだ。

 しかし母であるヘレン・フォン・ラージニアは妊娠した様子も無く、怒りの形相で暴れている様子を見て、何かがおかしいと察した。

 その頃から感情を表に出す事が無かった私は、母の様子を察して弟について言及はしなかった。


「そう言えば、私に弟が出来たって聞いたけど、あれはどうなったの?」


 数ヵ月の月日が流れ、母も暴れてる様子も見かけなくなり、メイドの一人に少し前に騒ぎの原因を尋ねた。


「あっ、それは……」


 その時聞いた内容はあまりにも酷い内容だった。

 父の過ち、母の対応、そして家の決定。

 どれもが私の考えてる貴族像とはかけ離れていて私は、その頃からラージニア家が本当は悪い貴族なのではないかと思い始めて、家との対立を始める事にした。

 対立といっても真っ向から勝負した所で、ただの貴族の娘である自分が叶う筈もない事を知っていた私は、徐々に味方を増やしていった。


「ヘレナ嬢、最近この家、危ない所と取引してるみたいですよ」


「ええ、知ってるわ。でも今公表した所で、もみ消されてしまうだけね。情報だけ確実に集めていて頂戴、来るべき時に備えるのよ」


 ラージニア家は表では普通の貴族を装っていたが、中身は完全に腐りきった貴族だった。

 時にラージニア家の当主、アルベールは金銭感覚が酷く、借金もありそれの返済の為に領民には苦しい思いをさせていた。

 こんな家、さっさと潰れてしまえばいいのに、そう私はずっと思いながら生活をしていた。


「まさか、毒殺する何てね。そこまで、母が愚かな人だとは思わなかったわ……」


 自分の母がジンの母ノーラを嫌っている事は、随分前から知っていた。

 平民には珍しく美貌の持ち主で、自分の夫を誘惑させられた相手。

 自分が劣っているとアルベールの行動で分からされてしまったヘレンが、ノーラに対して強く当たっている場面は何度も見た事があった。


「ごめんなさい、ジン。そしてノーラさん、貴女の死は決して無駄にしません」


 自身の母の罪を知ったヘレンは、それから更に家についての情報を細かく調べる事にした。

 それから数年間、ジンの様子を仲間に見守らせながら情報を集めていった。

 そんなある日、ジンが家を出ると聞いた。


「それ、本当なの?」


「ええ、何でも弟のアルフォンスの遊び相手にならないなら、家を出て行けという当主命令だそうです。多分、遊び相手という内容も最近、アルフォンスが外で行き過ぎた遊びをしたのがキッカケで家の中でストレス発散が出来るようにジン様を使おうとしたんではないでしょうか」


「……心底、腐ってるわね。で、その要件をジンは拒否したの?」


 ジンは家の決め事で長い間、一人で生活をしていたから家の決定に従順に従う子だとその時まで思っていた。

 だけど私はその認識が間違っていたと、ジンが居なくなった後になって気付いた。

 ジンは、力を蓄えていたのだ。


「凄いわね。まさか、ジンがこんなに強い子だったなんて」


「ええ、自分達も知りませんでしたよ。偶に剣を振ったりする姿は目にした事がありますけど、こんな成果を出せる人だとは感じませんでした」


 家を出たジンの情報は、直ぐに手に入れる事が出来た。

 その輝かしい成果に、私は自分の弟は知らない所で成長していたんだと嬉しく感じた。


「皆に伝えて頂戴。このままいけば、ジンは姫様に気に入られる筈よ。そうなったら、ジンは家の事を話すと思うわ。国が動けば、流石にラージニア家といえば隠す事は容易じゃないわ。今が動きべき時よ」


 数年間、家が悪だと気付いてから裏でコソコソと動いていた私はジンの活躍を聞き、直ぐに動き出した。

 そして私の考え通り、それから直ぐに国が動き、私は国の諜報員と面会して家の情報を全て伝えた。

 最初は信じられないと言われたが、証拠は沢山あった。

 直ぐに誤解は解けて、私は捜査協力をする事になった。

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