245.神様が見てた


 『聞こえているかな?』


 愕然としている俺に今度はイルネースが話しかけてくる。

 こいつ……こっちの世界には干渉しないと言っていたのにやろうと思えばできるんだな……。

 いや、それよりもここで話しかけてきたということはこの状況を知っているということと考えていい。


 「状況を把握しての声掛けと思っていいか?」

 『ご名答。まいったね、まさか『君』がこんなことを企んでいるとは』

 「『俺』と言っていいかどうかは分からないけどな。それで、リンカを救出する助けになってくれるのか?」


 俺が空へ向かって尋ねる。

 するとイルネースは神妙な声で応答してくれた。


 『本来なら僕が手を貸すことは無いんだ。リンカ君がどうなろうとあまり影響はないからね』

 「じゃあ……」

 『とはいえ、別世界の僕を殺害して半分くらい神になった彼を放置するわけにはいかない。味をしめてさらに欲を増大させた場合、他の世界からなにを持ってくるか分かったものじゃない。そのための力を貸そうじゃないか』

 「力を貸すって……そもそもこの声はなんなんだい? 随分偉そうだけど」

 「まあ……偉いだろうな。この世界を創った神様ってやつだよダーハル」

 「ふぇ!?」


 珍しく可愛い声で飛び上がるダーハルの後ろでざわめきが起こる。そこで爺さんが静かに口を開く。


 「……あなたが神であればリンカが攫われるのを阻止できたのでは?」

 『アルベール侯の言いたいことは分かるけど、この世界ができた時点でここは君たち人間の土地。見守ることはするけど『現地』で起こったことに干渉はしない。ただ、今回は話が違うから手伝うと言ったまでだ』

 「承知した。ワシも孫娘が心配だ、すぐにでも方法を教えてくれますかな?」

 「俺も行くぜ」

 『アル、俺も手伝うぞ』

 「みんな……」


 瞬間、その場に居た者達が『自分も』と申し出てくれることに胸が熱くなる。

 しかし『向こう側』に行かなければ助けることはできないわけだが、そのあたりはどうするのだろう?


 『ここからじゃ難しいな。軸を合わせないと即興で繋げられそうにない』

 「軸?」

 『同じ世界なら座標も同じ。だからここから別世界のシェリシンダに飛ばすということになるわけだけど、そこには向こうと繋がりができそうなものが無い。エリベール姫は亡くなっているし、ディアンネス女王との関係も薄いからね』

 『ではイークンベルはどうだ?』

 

 ギルディーラが手を上げて提案を口にするが、イルネースは少し唸りながら返す。


 『あっちもだよ。聞いている限りアルフェンは家出をしているから関係はうまくなかったと思う』

 「八方ふさがりじゃない! 神様なのに!」

 『ははは、万能ではないのが神だからね。とりあえずリンカ君本人を辿るのがいいだろう。ラヴィーネの居たドラッツェル国に引きこもったようだし、悪いんだけどちょっとそこまで行ってくれるかい?』

 「はあ!? ……と言いたいけど、必要ならやるさ。爺ちゃん、どこにあるか知っている?」

 「いや、陛下に国名は聞いていたが北の方としか知らないな」

 「ギルディーラは?」

 『すまん、北の方は雪が酷くてそこまで覚えが良くない』


 変なところに作っていたみたいだし正確な場所までは分からないか……


 「まずいね……。は、早くしないとリンカが手籠めにされる……!?」

 「余計なことを言うなダーハル!? 考えないようにしているのに! イルネースは場所を知らないか?」

 『正確な場所は分からない。だから特例として僕の代わりになる助っ人をそこに置くから連れて行ってもらってくれ』

 「助っ人……? うわ!?」

 「なんだ!?」


 その瞬間、俺達のいる部屋が光に包まれ全員が眩しさを感じて目を瞑る。

 瞼の向こうが徐々に落ち着きを取り戻したところでうっすら目を開けると、そこには白い鎧をまとった……ってどっかで見たことがあるシルエットだぞ?

 俺が顔を上げると――


 『よっ』

 『「「「ラヴィーネ……!!?」」」』

 

 俺達と死闘を繰り広げたラヴィーネ=アレルタが気軽に片手を上げて挨拶をしてきた!? 爺さんや父さん、ギルディーラまでもが驚きの表情で大声を出す。


 「あ、死んじゃったお姉さんだ!」

 「どうしたのー?」

 『おお、双子ちゃん達は驚かないのだな。聞いての通り、ドラッツェルまでの水先案内人として務めさせてもらう』

 

 白い鎧に虹色の剣が収まった鞘を前にラヴィーネが笑う。俺は「マジか……。いいのかイルネース?」

 『彼女はもう大丈夫。それになにかしようとしてもこちらへすぐ引き戻せるからね。頭の上に輪っかがあるだろ?』

 「またベタなものを……。いや、『英雄』が案内人ならこれ以上はないか。大丈夫なんだろうな?」

 『任せてくれ。ほら、死んだのにこんなに元気だし』

 「すごーい」

 「お前ってそんな性格だったのか……?」


 何故か双子に剣を掲げてアピールするラヴィーネが同一人物とは思えないが、協力してくれるというのであればやぶさかではない。


 『その本を持って行くといい。到着したらラヴィーネを通じて僕に連絡してくれれば繋げるよ』

 「わかった」

 『私の国は環境が過酷だ。ドラゴンなんかもうろついている。もし来ると言うなら腕に自信がある者だけついてこい』

 「エリベール、ダーハル。リンカを救出してくるまで結婚式は預けだ。ディアンネス様、マクシムスさん、すみません」

 「こっちはなんとかします。それより、あなたこそ気を付けて」

 「ああ。それじゃ準備をしよう――」

 

 俺達は慌ただしくも、恐らく最後になる『戦い』への準備を進める。

 たとえ相手が『俺』だろうと世界をまたいでまで欲望を叶えるヤツは危険だ。

 待っていろよ……リンカ。

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