244.前世も今世も不遇だったから
「え、オレって死んじゃうの?」
「生きているじゃない。というか……予言書だっけ? それにしては随分具体的に過去を話すわね」
ディカルトとロレーナがおどけるが表情は硬い。
というよりもここに居る全員が息を飲み、冷や汗をかいていた。
それくらい『俺』が淡々と、時に楽し気な様子で語るその内容は驚愕としか言えないものばかりだったからだ。
『恐らく俺が知る中で『その世界』とほぼ変わらないのはジャンクリィ王国だけだろう。シェリシンダ王国は跡継ぎがおらず、ライクベルンは壊滅状態で内戦があるしまつ。サンディラス国は王女が水神に殺されて飢えと渇きで人が死んでいるようだ』
「ボクが死んでる……。いや、アルが来なかったらそうなっていた未来は確かにあるけど……」
ダーハルがショックで俺の袖を掴む。
しかし『俺』であり、人生がまるで俺と違うことに同情できるだろう。
とはいえ、それはそれだと俺は『ブック・オブ・アカシック』へ向けて言う。
「そうならなかったのはお前が回避してくれたからってのは分かった。それについては感謝しかないよ、ありがとう。……それでリンカはどこだ? この部屋に居たと思うんだけど」
『ああ、礼は要らない。報酬はもう貰ったからな』
「どういうことだ? 本であるお前が得る報酬などあるのか?」
嫌な予感がする。
爺さんが代弁して俺の聞きたいことを尋ねててくれた。
すると――
『言っただろう爺ちゃん。この世界はもうなにも無いんだ。俺に近しい人間はもう誰も。前世からの相棒だったリンカも失った可哀想な俺。だから……そっちの世界のリンカを貰うことにしたよ』
「なんだと……!?」
瞬間、ページがめくられ、そこにはウェディングドレスを着たリンカが映し出された。
「どういう……ことだ……。なんでそっちに……」
『本を通じて招き入れたのさ。ここに繋げるまで苦労したがな』
「別世界へ移動なんて聞いたことが無い……」
母さんが険しい顔で呟くとページが再びめくられ、向こうの『俺』が顔を見せる。
痩せぎすで不健康そうな顔……本当に俺なのかと疑いたくなるが、前世の知識を語るあたり信じざるを得ない。
『できるのさ。この世界を見守っているとかぬかしていた神の力を使ってな。確かにあの時、異世界で生きていくと言ったがこれじゃ前世の……久我 和人の二の舞だ。だから俺はイルネースを殺して力を手に入れた』
「……!?」
『驚いたか? いや、実際それほど難しいことじゃない。ヤツに呼びだされた時にと考えていた計画が上手くいって力を奪った。ま、四割程度しか使えないわけだが、色々試している内に並行世界への道を繋ぐことができたのは僥倖だった』
『俺』は全てを失った後、イルネースに呼ばれて面白い人生だったと笑われたらしい。性格が悪いのはわかっていたが、そこで激怒しスキルを駆使して殺した。
すぐにあの場から追い出されたもののイルネースの力の一部を取り込んでいたそうだ。
『そして『ブック・オブ・アカシック』を創り、そっちの世界へ送り込んだ。五百年の過去へ置いておけば‟現地のレアアイテム”として認識されるだろうからイルネースの目も誤魔化せると踏んだのさ』
「じゃあ五百歳以上……!?」
『違うな。送り込んだ時とここは一対じゃない。一応、俺の血筋にあたる人間だけ開けるように設定してあってな。ラヴィーネの目的を変えるためと俺自身が同じ轍を踏まないようにするために送り込んだ』
「だがそれだといつアルの手に入るか分からないんじゃないのか……?」
『それについては一考があったんだよゼルガイドの親父。本自体はここと繋がっているそれはさっき説明した通りだが、『五百年前に置いた』という事実を元に、そちらの世界で『俺』が誕生するまでの間の期間、監視することができるようになった』
ならここから未来も見えるのではと思ったが――
『今、この時も予言できたと言いたそうだが、残念ながら『俺』が本を開いて道筋を変えた時点で予測は不可能になった。イコール――』
「……未来は見えないって訳か。『お前』が体験していない未来になるから」
『そういうことだ。だけど良かっただろ? 犠牲は少なく、各国は平和。【呪い】を振り撒くラヴィーネは倒され、万事解決。だから報酬としてリンカをいただいた。しかし、それだと『俺』が可哀想だ。だからエリベールとルーナを生かした。ダーハルは予定外だったが、結果サンディラス国へ行ったのは良かったと思おう。だからリンカは俺がもらうよ』
『貴様……本当にアルか? 大事な人が奪われる苦しみを知ってそれをするとは……』
『そうだよ。ギルディーラ。大丈夫、なんせここに居るのも『アルフェン』だ。だから安心して暮らしてくれ』
歓喜の声でそう言う『俺』。
それに対して俺は本に近づき怒声を上げる。
「ふざけるな……!! 確かになにも知らなかったらとんでもない目に合っていたかもしれない。だけどそれでリンカを『はい、ありがとう』って渡せるわけないだろうが!! 返せ、こっちの世界のリンカはこっちで過ごすべきだ!!」
『はは、いい目を見てそれでも我儘を言うのか『俺』は? ……リンカ一人くらいいいだろう。お前にはたくさんの人間を残した、それで我慢しろ』
「リンカを物みたいに扱うな……!!」
本を殴りつける俺。
だがそんなことをしても意味が無いことはわかっている。
それにしてもこの物言い……本当に俺なのか疑いたくなってくる……。
しかし前世を想えばこいつは間違いなく『久我 和人』なのだ。
復讐に身を費やしたアレの精神は壊れていた。
俺は両親が殺されたとはいえ、カーネリア母さんや父さん、双子、グラディスやオーフ、ロレーナ、ディカルトに祖父母、ラッド達友人といった仲間に囲まれていたおかげでそうはならなかった。
だけど『俺』はずっと酷い目にあっていたので変わることなく『久我 和人』として過ごしてきたのだろう。
「……それでもリンカを渡すわけにはいかない」
『そう言われても俺は返す気が無い。そっちから取り返す方法も、無い。だからこの話はここで終わり……。心配するな、俺はお前だ。大事にするさ――』
「待て、話は終わっていないぞ! おい!」
<ど、どうするのお兄ちゃん……!? このままじゃロリコンのお兄ちゃんに取られちゃうわ!>
紬が失礼なことを言うが確かに声の感じからして歳を食っていそうだ。
「くそ……どうにかならないのか……?」
「今のは本当なの……? 前世からリンカと一緒だったって」
「……ああ。だけどその話は後だ。どうにか向こう側へ行く手段を考えないと……」
「口ぶりから神の力を得ないといけない……そうなると打てる手がないのではないか……?」
グラディスが落ち着けと肩を掴みながら頭では分かっていることを告げる。
だとしても諦めるわけにはいかない。
すると――
『聞こえるかアルフェン君。僕だ、イルネースだ』
「お!? な、なんだって!?」
最悪の神の声が聞こえてきた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます