233.幸せを抱く


 「まさかライアスが『英雄』の子孫だとは……」

 「ということはアルもその血を受け継いでいるってことか」

 『通りで強いわけだ』


 爺さんたちが口を揃えてラヴィーネの言葉を反芻する。

 『ブック・オブ・アカシック』がそう記したのであれば子孫殺しということになり、なにより仲間や家族を大事にしてきた彼女からすればこれ以上の罰はない。


 「……どういうことなんだ? お前はこの事実を知っていて隠していたというのか?」


 ‟この事実を知ったところで両親が殺された後ではどうにもならない。それに彼女が手にした瞬間、その情報が入って来たのだから記しようも無い”


 「ならどうして『所有者』の俺以外の人間が読むことができた? それも話と違う」


 ‟彼女は『人間ではない』からだろう”


 ……確かにそうだが腑に落ちない。問い詰める必要はあるが、今はラヴィーネの方かと本を片手に彼女へ話しかける。


 「結局、願いは叶ったということか」

 『そうなるな……そしてお前が私の子孫であるなら、この負の連鎖はここで終わったということになる』


 そうか、俺からしてみると先祖殺しになるからある意味親戚同士のいざこざということか。


 「……そうなると陛下達に申し訳ないな」

 「大丈夫じゃ。ワシはお前の味方だ。もしお前を追い出すなら――」

 「ウチに来ればいいんじゃないですか? アルはシェリシンダの次期国王だからここを追い出されても移住すれば」

 「それがいいだろうね。まあ、隠して英雄を倒したという結果だけ報告してもいいと思うけど」

 「父さん、母さん……」


 確かに馬鹿正直に言う必要はない。けど、発端直系であれば言わないわけにもいかないだろう。


 「もう逝ってしまうのか?」

 『そうだ、な。ああ、城の連中と外の部下は気にしなくていい。私の血から生み出した存在ばかりだ、私が消えれば自然と居なくなる』

 「だからあの時もか。だが、先ほどの三人は死体が残ったぞ?」

 『彼らは人間だからな。人間に恨みを持つ同志というやつさ……うっ……』


 ラヴィーネが苦悶の表情を浮かべて片手を床につけ、俺に声をかけてきた。


 『アルフェン、最後に……抱っこさせてもらえないか?』

 「なんだって?」

 『頼む。なにもしない。剣も遠くにあるし、無詠唱なんて使えやしない』

 「……」


 俺は無言でラヴィーネに近づいていく。邪気は無い。


 『いいのか?』

 「……アルフェンに任せよう」


 爺さんは俺から目を離さずギルディーラに答えていた。

 そして片膝をついて正面にラヴィーネを見据えると――


 『ありがとう、私はあまり良い人生ではなかったけど……最後は子孫に看取られることができた。両親についてはすまなかったとしか言えないが……私の死で溜飲を下げてもらえると……助かる』


 ――ふわりと優しく包み込むように俺を抱きしめた。先ほどまでの狂気じみた笑いをする女と同一人物とは思えない。これなら『英雄』と呼ばれていてもおかしくないだろう。


 「おねえちゃん、バイバイ?」

 「死んじゃうの?」

 「うわ!? びっくりした!? 危ないから近づいたらダメだろ」

 「でも、このおねえちゃん……寂しそうだったから……」

 『ふふ、君たちも抱っこさせてくれるか?』

 「「いいよー!!」」

 「ええー……」


 両手を上げて俺の両脇に立つ双子も含めて力強く抱きしめてくる。

 

 『初めて会った時、アルフェンに自分の子にならないかと聞いて我ながらおかしなことを言ったものだと思ったが……どこかで感じ取っていたのか、も……し、れない、な……』

 「ラヴィーネ……」

 『さらばだアルフェン。我が子孫……この先、君の人生に幸あ、れ――』

 「あ……」


 そういって微笑んだ瞬間、ラヴィーネは塩のようなものに変わり果てて崩れ落ちた。

 その顔は……最後は母親の顔だったと、思う。


 <……苦しんでいたんだろうね>

 「……ああ。同情する点はたくさんある。それでも、罪のない人を殺めたラヴィーネの最後はこうあるべきだったのかもしれない……」

 「終わったか」

 「ラヴィーネ=アレルタの話が本当なら、あたしはやるせないけどね……」

 「カーネリア……」


 母さんも父さんの両親と色々あったからその感情もあるのかもしれないな。

 そこで爺さんが無言で塩を手に取り、俺へ言う。


 「……やったことは許せんが、弔ってやるくらいはしてやろう」

 「そうだね」


 程なくして城や町の時間が動き出し、陛下を含めた全員の無事が確認された。

 これで、全て終わった……。


 後は外に居るロレーナ達を迎えに行くだけと俺達は外へ駆け出していく。

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