232.巡る罪と終わる罰


 「ぐ……」

 「アルフェン!!」

 『な、なんて威力だ……謁見の間が吹き飛んだぞ……』

 「兄ちゃんかっこいいー!!」

 「こら、大人しくしなさい。まだ……息があるわ」


 母さんの言葉で片膝をついた俺は驚いて前を見ると、血を吐きながら上半身を起こすラヴィーネの姿があった。


 「……この!」


 マチェットを杖がわりに立ち上がって踏み出すと、ラヴィーネは手を前に突き出して口元に笑みを浮かべながら口を開く。


 『大丈夫だアルフェン。この体はもうすぐ朽ちる。戦いは……因縁は終わったんだ』

 「……因縁?」

 「どういう、ことだ……?」

 『なにから話すべきか悩むな。時間もあまりなさそうだ』


 手のひらをみながら笑うラヴィーネは憑き物が落ちたみたいに穏やかな顔になっていた。だが表情とは裏腹に、顔には少しずつ亀裂が入り手足も同じような状態に変化する。


 「……なんでこの本を欲しがっていたのか聞かせろ。俺の両親を殺してまで探し求めていたものなんだ、理由くらいはいいだろう」

 「いいのか? すぐに首を刎ねても構わんと思うが」

 「こいつが本を『見て』態度を変えた。所有者にしか読めないはずなのにこいつは『読んだ』のが気になるんだ。それは恐らくラヴィーネが本を欲していた理由と重なるはず……」


 爺さんの言葉に俺が返すとラヴィーネは軽く拍手をしながら口を開いた。


 『……その通り、私はそれを読んだ。そうだな、まず――』


 ――ラヴィーネは語る。

 この凶行に至った経緯を。いや、それよりも前……百年前に『英雄』と呼ばれた彼女が何故この時代に生きているのかを。


 『私は現時点で三百年は生きている化け物だよ。ラヴィーネは最後に『人』として名乗った最後の名前だな』

 「……!? 三百……」


 こいつは百年どころか三百年ほど生きているらしい。


 『もちろん最初は人間だったぞ? 十八か十九くらいの時に私が冒険者になったんだがそこから自身の能力が開花したわけだが――』


 普通の村娘だった彼女は兄弟や親の食い扶持を稼ぐために冒険者になり、活躍をした。魔物を倒し、ゴブリンロードやオーガキングといった強力な魔物にドラゴンとも戦える強さを誇っていた。


 あまりの強さ故に城に仕える話も持ち上がっていたが、それを拒否。

 仲間と一緒に稼ぎたいということと堅苦しいことは嫌という理由で気楽にやっていたらしい。


 『その時は良かったんだ。話の分かる国王だったからな。だが、そこから数年し、別の国から今度は私を妃として迎えたいという話が持ち上がった』

 「それを受けて今の国を……?」

 『私がそんなタマではないことは剣を交えたお前達なら分かるだろう? もちろん断ったさ。だが……』

 

 あまり程度の良くない国王だったらしく、逆恨みされたあげく親兄弟どころか村が地図から消えるほどの出来事があった。

 

 『証拠を集めるまでもなく高らかと宣言してくれたから殺すのに抵抗は無かったな』

 「しかし国王殺しは重罪……」

 『その通りだ。私は追われる身になり、殺す日々が始まった。結局、逃がしてくれた仲間が極刑になってな……。私は死ぬ覚悟で国へ再度報復をかけた』


 最終的に殆んど死ぬようなケガを負いながらも王族を皆殺しにして自身も大けがを負った。

 そのまま死ぬつもりだったそうだが、国王に不満を持っていた人間達から助け出されて生き延びることができた。


 『……そこからは面白くも無い人生だった。そこからはなんの希望も無く、戦い続けた。最初に亡ぼした国の人間がすげ変わった後、そこに仕える形になったからな。戦争も何度あったか分からない』


 だけどそんな中でいつも気にかけてくれる騎士が居たらしい。

 その男と過ごすうちにだんだんと昔の感覚を取り戻していき、いつしか恋仲に。


 ……これで終われば良かったんだが――


 『他に私が好きだという人間も多かった。ほら、今は顔に傷があるけど結構きれいな顔立ちだろう? くっく、意外とモテたんだぞ。だけどそれがいけなかったんだろうなあ……』

 

 ――気づけば男は秘密裏に何者かに殺され、その時、身籠っていたラヴィーネも捕まり酷い仕打ちを受けた。

 嫉妬もあったのかもしれないが、彼女はあまりにも強くこのまま家庭を作り、子が産まれればその子も必ず強くなるだろう、と。


 それを恐れた人間が騎士が死んだことを好機とみて、自殺に見せかけての殺害を企てたらしい。毒を飲まされ【呪い】をかけられ、お腹の子ともども……。


 『悪運が強いのも考えものだ。私はそんな仕打ちでも生きながらえた』

 「お腹の子は?」

 『……目が覚めた時には大きかったお腹は萎んでいた。そこで悟ったのさ『人間は醜い生き物だ』と。そこからはただの復讐の鬼と化した。あの時の拷問のせいか、それとも神の采配か……私の身体は不老不死になっていた』

 「死なないのか……」

 『少なくとも心臓に穴が開いた程度では死ねなかったな。それに気づいたのは五十歳になっても姿見が変わっていないと鏡を見た時だ』


 それからあちこちを放浪。

 穿った目で見る景色は相当で、悪人を嫌悪するのは当然として幸せな家族を見ても失った騎士と子供のことを思うと正気ではいられない精神状態がずっと続いた結果――


 『人間をゆっくりと死に追いやることに決めた、というわけだ。こんな体になった時点でもはや私は人間ではない。こう思ったのさ『ああ、神が人間を滅ぼす役目を与えてくれたのだ』と』

 「母親として気持ちはわかるけど……」

 『気持ちだけで十分だよ。それから私を【呪い】にかけた魔法使いを探し出しそれを覚え、各地で人間に恨みを持つ者を選別して国が立ち行かなくなるよう仕向け始めた』

 「……その延長で『ブック・オブ・アカシック』を欲したのか。効率よく人を消すためを方法を……」


 俺がそういうとラヴィーネは首を振り、虚しいといった表情で言う。


 『なんでも分かるという噂の本……私が望んだのは、自らの死。私はどうすれば死ぬのか? それを知るために本が欲しかった』

 「人間を滅ぼすって言っていたのにか?」

 『齢三百歳。人ならざる者になり、戦いに明け暮れ、騙し、呪う。生きるだけならエルフみたいにゆっくり生きれたのかもしれないけど、私は疲れてしまったらしい。勝手な話だと思ってくれていいよ。そのために手段を選ばずアルフェンの両親を殺した。持ち主が死ななければ所有者になれないと聞いていたからな』


 どこにあるかは分かった。だが誰が所有者であるかは分からない。

 目撃者を含めて全員消す方法を選んだこいつはやはりどこか壊れてしまっているのだろう。譲渡ができないか話し合う余地はあっただろうに。


 だが、こいつは次にとんでもないことを口にする。


 『だが、殺した家族……いや、正確には父親とアルフェンか。君は……私の子孫らしい。あの時、死んだと思っていた私の子は生き延びて……ずっと血を繋いでくれて……いたんだ……』

 

 ラヴィーネは笑う。

 目から涙を流し、俺をみながら――


 それが彼女の罰、というわけか……。父さんが直系の子孫であれば、自分の欲望のため殺したその事実は……結婚を拒否され親兄弟を皆殺しにした国王と同じだから。

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