228.黒と白


 「くらえ!!」

 「……ハァッ!!」


 父さんの剣が右袈裟から薙ぎ払いの軌道を描き、致命傷を避けるため男が突貫しながらダガーを突く。

 右手の攻撃を避けた父さんが次の行動を起こす前に、左手のダガーが父さんの喉を狙う。

 しかし父さんは自分から前へ出て紙一重で避けつつ、ショルダーチャージで吹っ飛ばし、正面から大剣を振り下ろす。


 「ひゃあ……」

 「指の隙間から見てるだろルーナ」

 「うん」


 「いい勝負だな」

 「相手はどれくらい強い?」

 「ランクで示すなら80よりは上だな。ウチの将軍とほぼ同レベルと考えていい」

 「強敵は強敵ってことか」


 とはいえ、父さんもランクが上がっているみたいだしギルディーラに至っては『魔神』なので負ける要素はほぼない。

 危険なのは【呪い】と魔法だけど、詠唱を必要とする魔法はやはり近接戦闘中に使うのは難しいのか剣技一本だ。

 それはギルディーラの相手も同じで、こっちは片手で持てる剣と盾をもったスタンダードなタイプの戦士だった。


 『近づくこともままならんようだな。命乞いでもするか?』

 「ふう……ふう……。馬鹿なことを、そんなことをすれば王女に首を刎ねられるわ」

 『忠誠心は結構だが、そこまでする人物なのか?』

 「……貴様等のように平和に生きている人間にはわからぬよ!!」

 「低い……!」


 蛇のようなぬるりとした動きで姿勢を下げてからギルディーラに接敵する。

 蹴りを入れるには間合いが近く、剣も下に向けて刺すというプロセスを考えると恐らく盾で防がれてしまう。

 

 「おじちゃん危ないよ!」

 「ま、大丈夫だろう」


 俺がそういうと、次の瞬間ギルディーラは『垂直』にジャンプした。

 足を斬るつもりだったようだが、振り抜いた剣は空振りに終わり――


 「……な!?」

 『見ての通り俺の身体はでかい。これそのものが……武器にもなる』

 「ぐぎゃ!?」

 

 そのまま真下に降り、男の頭を両足で踏みつけた。

 これは俺も予想外でバックステップか左右への移動が基本。俺なら盾のある方へ移動して次の行動を制限するだろうけど、ギルディーラは高くジャンプして踏みつけるという方法を取った。

 そしてそのまま右手を切り裂き攻撃を封じたところで、


 『言い残すことはあるか?』

 「女王陛下に幸を――」

 『……さらばだ』


 背中から剣を心臓に突き立てて戦いは終わった。

 捨て駒とは違い、仕えるという意味を考えると本望だったのだろう。

 やるせないが、これが戦いで復讐の末路なのかもしれない。


 「騎士なら取らん戦法だな。魔人族らしいというか戦闘種の本能というべきか」

 「冷静すぎるよ爺ちゃん……。父さんの方も決着がつきそうだ」


 ダガーを持った男もまた、大剣による一撃で壁に叩きつけられていた。

 その一瞬、踏み込んだ父さんの一撃が右肩から腹部までを切り裂き、男は盛大に吐血する。


 「ま、まさか我々が手も足も出ないとは……油断したつもり……も、ごふ、無いのだがな……」

 「報いを受けた。そういうことだろう。復讐者を甘く見たお前達の負けだ」

 「な、ならば……貴様ら人間も……報い、を……受けるべき……すみません陛下……ここま――」

 「おい、どういう……」


 俺が尋ねるよりも早く絶命していた。

 

 「本当によく分からない連中だな……。まあ、この先にいる黒幕が全てを語るか」

 「語らなくてもいいよ。倒すだけだ」

 「アル、気負わないでね。あたし達もいるんだし」

 「ああ。あれ? そういやオーフは?」


 そういえば随分静かだと思って周囲を見渡すが姿が見えなかった。


 「城に入るまでは居た、よな?」

 「……城の守りが手薄だからロレーナ達を迎えに行ったのかも? 臆病風に吹かれるようなやつじゃないし、なにか考えがあると思うけど」

 『なら、先に顔を拝ませてもらおうじゃないか』

 「そうしよう」


 やはり消えない遺体を尻目に、俺達は謁見の間に辿り着く。

 ルーナとルークに死体を見せていいものかと母さんに聞いてみるも、この先どういう職業になるか分からないし、悪いことをするとこうなるという見本だと言っていた。過激すぎるけど、例えば盗賊を見逃すみたいな甘い考えじゃこっちが殺されるからってのもあるのかもしれない。


 「いくよ」


 俺は扉に手をかけて押す。


 見慣れた謁見の間。


 そしてその奥には――


 「待っていたぞ『ブック・オブ・アカシック』の所有者よ」


 ――真っ白な鎧をまとい、長い黒髪をポニーテールにし、顔に傷のある女騎士が微笑んでいた。


 「ジェイムズ、キンバリー、ホルストは逝ったか?」

 「なんの話だ?」

 「そこで今しがた戦っただろう? 念入りに息の根を止めてくれたかと聞いている」

 「ああ、殺した。もうお前を守ることはない」

 「そうか」


 爺さんの言葉に頷く女。

 仲間が死んだというのに嬉しそうに微笑む女に、戦慄を覚えながら俺は確認をする。


 「お前があの時、屋敷を襲撃してきた黒い剣士で間違いないな? 顔の傷、覚えているぞ」

 

 純白の騎士と化した黒い剣士にそう尋ねると、女騎士は口の端を歪めて笑いながら口を開いた。


 「くく……そのとおりだよ坊や、私の名はヴィネという。いや、よくぞここまで来たものだ。感服する。私に一撃を入れた腕はまぐれではなかったということか」

 「そんなことはどうでもいい。ようやくここまできた……ここで復讐を果たさせてもらおう」


 俺はマチェットを突き付けると――


 「ああ、やれるものならな! 私の強さは先ほどの三人とは比べ物にならんぞ!! 全員でかかってくるがいい!」


 ――虹色に光る剣を抜いた。

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