222.決戦の前に

 

 リグレットの真実を知り、妹だった紬が文字通り脳内妹になったことに衝撃を受けたものの、全ての決着がついたらその後どうするか考えないといけないかもしれないが。


 これで今度こそライクベルン奪還へ向けて動くことができるようになるが、その前に『ブック・オブ・アカシック』を開いておくことにした。


 「……結局、お前の目的はなんなんだ? 紬がここに居ることをどうして教えてくれなかった?」


 ‟……もちろん、聞かれなかったからだ。この本の目的は『持ち主の知りたいことを教えること』だ。だからここまで来れたのだろう。同時に『持ち主の願いを叶える』という部分もあるがな”


 「俺が誰かを死なせたくない、とか?」


 ‟全てをひっくるめてだ。今回でいえば黒い剣士を倒すこととライクベルンの奪還だろう。そのために必要な知識はいくらでも提供する”


 「ならどうして黒い剣士の情報を俺に教えてくれなかった? 聞いたことがあったはずだぞ」


 ‟持ち主をみすみす死なせる真似をするわけにはいかないのだ。この本の力の源は持ち主の魔力。次に誰が手に入れるかはランダムでいつになるかも分からない。だからこそ即死に繋がることは言及しない”


 「都合がいい、というわけか。なら今回は『勝てる』んだな」

 <そうじゃないと今の言葉がおかしいもんね>

 

 ‟必ず勝てる。自信を持っていい。予測よりも人数が多いのだ、ただ犠牲は出るかもしれない。覚悟を持て”


 「そうなるまえに始末をつけるさ。……オーフ以外は誰が増えたんだ?」


 ‟ゼルガイド達だ。ただ、黒い剣士本人以外で後れを取ることはないだろうから心配はあるまい”


 楽観的だとは思うが、ここまで自信をもって書き込みが出るのも珍しいから本気で予言しているのだろう。

 他になにかすることはあるか聞いたところ、見張りに見つかった場合のみ、ロレーナとディカルト、それとオーフは中庭で火薬を炸裂させて目を引く係にした方がいいとのこと。


 「見つからなければ全員で黒い剣士との戦いか……とりあえずやるしかないな」


 ‟健闘を祈る”


 それを最後にまた沈黙を守る本。

 勝てると断言してもらうことは心強い。たとえ嘘だったとしても、やる気になれるからな。


 「それじゃ、明日は作戦会議を経て出発かな」


 ◆ ◇ ◆


 ――翌日――


 「ではワシとディカルトが先頭に立ち、謁見の間を目指すということで良いですな?」

 「はい。書いてもらいましたが、やはり内部に詳しい方がいいと思います」

 「これでいいー?」

 「上手いなルーク……!?」


 お絵描きの才能があったらしいルークが爺さんの書いた城内部の地図を模写していた。

 一人一枚持っていれば、乱戦ではぐれたとしてもどこかで合流できるし、倉庫の位置が分かれば身を隠すこともできるという算段だが、ルークの図は誰よりも上手かったので採用した。


 「偉い?」

 「おう、自慢の弟だぞ!」

 「やったー!!」

 「ルーナもなでてー!」

 「お前はなんもしてないだろ……」


 その瞬間、俺の背中に飛びついてくるルーナとルークを抱きしめる影が。


 「あああああ! 超かわいいいいいいいい! お姉ちゃんがいくらでも撫でて上げるからね!!」

 「わーい!」

 「いいよー!」


 ロレーナである。

 最初に見た時からかわいいとべたぼれで、ことあるごとに両腕に納めていた。

 よくわからんけど、双子もロレーナは嫌じゃないようで懐いているからちょうどいい。


 『しかし大人しく謁見の間に居ると思うか?』

 「いる、と思う。こっちに将軍をメッセンジャーとして寄越してきたけど殺すことはできたはず。情報が漏れても問題ないと思っているヤツだ、自信があるんだろう」

 「その驕りを後悔させてやらねえとな! 腕がなるぜ」

 『お前も油断するなよ? 取り巻きも将軍クラスらしいからな』

 「ギルディーラの旦那が居りゃ、楽できるだろ? いてえ!?」

 

 無言でチョップを食らい悶絶するディカルト。

 この光景も慣れたなと思いつつ、苦笑していると母さんが俺の肩に手を置いて言う。


 「……いよいよ仇が取れるね。あたし達も全力を尽くすから、死ぬんじゃないよアル」

 「うん。まさかここに来て母さん達と一緒に戦うことになるとは思わなかったけどね」

 「これも神の導きかもな? そういえば国境はどうやって越えるんです?」

 

 父さんが爺さんへ尋ねると、ルークを抱っこしながら口を開く。


 「……無論、正面からだ。あなた方が来てくれたおかげで、少しやりやすくなったわい」

 「?」


 爺さんが珍しくニヤリと笑い『すぐにわかる』と言って攻める準備を進めるよう指示。装備は入念にし、短期決戦ということで水以外の食料は最小限にとどめることに。


 「やれやれ、お前といると退屈しねえな」

 「オーフも付き合いいいよね」

 「ま、金も貰えるしライクベルンが取られたままじゃ、ジャンクリィ王国も面倒に巻き込まれるからな」

 「オーフ達ってどうしてジャンクリィ王国にそこまで従事しているんだ?」

 「……あー、まあ、そのあたりはこの戦いが終わったら教えてやるよ。だから死ぬなよ?」

 「それはフラグだからやめてくれオーフ。こんなことに付き合わせたくはなかったんだけどな」


 『ブック・オブ・アカシック』の予言を信じるなら必要な人材だ。

 俺の寿命が縮んだとしても、オーフとロレーナは無事に帰さないと……


 そして俺達はライクベルンへと向かう――

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