221.妹よ
長いこと沈黙を守っていたリグレットが語り掛けてきた。
俺にとってはそれなりに長い付き合いだ。
急に消えてしまったのか気になっていたところなので、こいつの話を聞いてみるのを優先してみようと思う。
「……随分長い休憩だったな?」
<うん。色々と考えることが多くて、ね>
口調が、変わっている。
それは吹っ切れたような感じにも聞こえ、さらに続けた。
<あの時、血を吐いて倒れた時は本当に怖かった……アル様、いえ、お兄ちゃんが死んじゃうかと思ったから>
またしてもお兄ちゃん。そこで俺は目をつぶってリグレットに尋ねる。
「……お前は前世の俺の妹か? 久我 紬……そうなのか?」
<そうだよ、お兄ちゃん。……復讐してくれてありがとう……そして……ごめんなさい……私達のせいで前の人生は無駄に……>
「そうじゃない。前はあれで良かったんだ、家族を殺された人間がまともに生きていけることは恐らくない。殺人を犯しても日本じゃ死刑はそうそう行われないし、あいつはどうにかもみ消してくるだろうと判断したから報復って形をとったんだ」
<……うん>
リグレット……紬は半泣きのような声で返事をする。
とりあえず前世の経緯は今更なのでこれくらいにし、次はこいつがなぜ俺の頭の中に居るのかを聞かなければならない。
「それで、どうして俺に憑りついているんだ? イルネースはお前が居るようなことを匂わせていたけどまさか頭に居るとは思わなかった」
<もちろん理由があって――>
紬はこうなった経緯を口にする。
先に亡くなった紬もイルネースの下へ行ったらしい。だけど俺の時とは違い、魂を還元する……いわゆるあの世へと行く予定だった。
それを残された俺が心配だと話したところ、イルネースがしばらく俺を観察を始めたらしい。
「だから俺を見て『面白い』と言っていたのか」
<だと思う>
なんで俺を、とはあのテーブルについて話をしていた時からおかしいとは思っていた。復讐は珍しいかもしれないけど他にもおかしなヤツはいくらでもいるからな。
紬が関わっていたなら俺という人間に焦点を当てることはできるわけだと納得する
で、俺に興味が出たということで紬と怜香をあの世界へ送ることにしたということだ。
怜香は知らされずに異世界へ。
紬は俺が異世界へ行く時に一緒に、という提案をしたのだが――
<私は今回もお兄ちゃんの妹として生まれるはずだったんだけど、なにか別の声が聞こえてきて体を形成できなかったみたいなの。一応、今なら具現化できるけど、お兄ちゃんが流されるまで出てこれなかったのは頑張って慣れていたからよ>
「スキルは……?」
<それも別の声が聞こえてきて、アルフェンに使わせろって>
別の声、か。
イルネースとは違うものらしいがもうあまり覚えていないらしい。神に干渉できるなら別の神ってことだろうか?
「はあ……まさか妹が同居しているとはなあ……」
<あはは……ごめんね。私ももう一度妹として生まれたら、と思ってたけどね>
「何度か助けられたよな、ありがとう紬」
<……うん。久しぶり、おにいちゃん>
「お……!?」
そう言って俺の中から光の帯が出てきたかと思うと、生前の紬そのままの姿が目の前に現れた。
「ああ、本当に久しぶりだ……うっ……」
<泣かないでよ、あの記憶は辛いけどお兄ちゃんがあいつを殺すところは見てたよ。だから平気……ありがとうね>
その言葉に俺は涙を流し、当時の姿のままである紬が困った顔で俺の頭に手を乗せた。
あれで本当に良かったのか? どう考えていたのか? 答えはまったく見えないまま復讐をした俺だが、当人に感謝されることで報われたような気がした。
ひとしきり泣いた後、昔のことを話して間違いなく紬であることが分かり、俺は息を吐いた。
「ふう……まさかこんなことがあるとは……」
<そうね。あ、そうそう。多分お父さんとお母さんもこっちの世界に居るわ。イルネース様がそんなことを言ってたし>
「マジか。まあ、流石に記憶はないだろ?」
<多分ね。本当は私もそうなる予定だったみたいだしね>
ふむ……なら、イルネースが妹について言及しなかったのはどうしてだ?
他に理由があるのか、もしくは知っていて黙っていた……?
「あいつはそんなことを一言も……」
<イルネース様が仕掛けたのだとしたら、タチが悪いけどやりそうな気もするわ>
「性格悪いしな。別の声も近くに居た奴に言わせたのかもしれないか」
あり得ると俺達は笑い合う。
わだかまりってほどじゃないけど紬と話が出来て良かった。
黒い剣士を倒すまで話すか否かと思っていたらしいが、咄嗟にでた『お兄ちゃん』でバレるかと思いどうするか考えた末に話すことに決めた。
戦闘になれば全方位を監視することが出来る紬が居れば勝率は上がるとこの決戦に参加する方がいいと思ったとも。
「……それじゃ、頼むよ」
<任せて! さっさと終わらせて結婚してもらわないとね!>
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