213.ディカルト


 とある国の村で生まれたというディカルトは今のような戦闘狂では無かったらしい。

 さらに村で住んでいる時には剣を生業としてすらいなかったとか。


 「……きっかけはそんなに難しくねえんだ。十三歳……ちょうどアル様と同じくらいの時だったかねえ……村が魔物に襲われて壊滅しちまったんだ。その時、親父に気絶させられて地下室に放り込まれたから助かった。だが――」


 自分は戦いもせず生き残ったことが悔しい、と。

 村が全滅したなら俺もあの場で死ぬべきだった。そうディカルトは空を仰いで口にする。


 「だけどよ、実際には魔物を襲わせた『黒幕』が居たのさ。親父は村長だったんだが、正義感の強いおっさんでよ。領主が私腹を肥やすための増税に反対していた」

 「そいつが襲わせたのね」

 「ああ『見せしめ』ってやつだ。親父を中心に村が協力していたからリーダーが崩れるとあっけなく瓦解しちまったよ」

 「酷い奴だ……そいつはまだ生きているのか?」

 「まさか。二年修行した後でぶち殺してやったよ。生きてたらアル様が殺しに行きかねないって顔だぜ?」

 「まあね。そういうのが嫌いなんだよ俺は」


 前世も今世も一家を殺された理不尽を受けているからディカルトの気持ちはよく分かる。俺は聖人君子でもなんでもない。

 理不尽には持てる力を行使して『分からせない』と犠牲者が増えると俺は知っている。

 

 「それと強者を求めるのに関係はあるのかしら……?」

 「復讐は終わっているし、生きていく目的もねえから死にてえだけ。……ただ、強くなるのは気持ちがいい。だからこそあのクソ領主を殺せたわけだから、拘っているんだろうな。……運がいいのか悪いのか、まだ親父達のところへは行けてねえが」


 元々は爺さんを狙って騎士になったと笑う。

 俺を襲って戦えればと考えていたそうだが、片腕を失くしていたため力のぶつけどころが無かったからイラついてたらしい。イーデルンもあんなんだしな。


 「お前、俺を殺しに来てたろ」

 「へっへっへ、適当に痛めつけて運ぶつもりだったんだがよ、俺を相手に怯みもせず攻撃を避けやがった。その時『こいつは強い』と判断したからちょっと本気を出した。殺すつもりは無かったんだぜ?」


 どうだかなと訝しんだ目を向けるとディカルトは珍しい表情で俺とリンカの頭を撫でてきた。


 「……だからよ、黒い剣士を殺すためにオレを盾にでもなんでも使ってくれ。オレはもう未練はねえが、お前達は若いんだからよ」

 「……」


 こいつは本来、殺しとは無縁の村人だったんだろうな……。

 それが誰かの思惑で人生を滅茶苦茶にされた。俺の前世と同じように。

 恐らく、俺も前世で生き残っていたら似たような境遇の人間の手助けをしていたと思う。

 

 「やっぱりアホだなあディカルトは。死んだら意味がないんだよ、お前も今やこの屋敷の使用人だ。死なれちゃ困るよ」

 「アホとはなんだ」

 「アルの言うとおりね。死なれたら私達が悲しいじゃない。それにどうせならいっぱいいいことをして、胸を張ってお父さんに会いに行きなさいよ」


 リンカが苦笑しながら酷なことを口にする。こいつは昔から無理難題を言うからなあ。だけど、そいつに出来ないことは言わない。


 「まったく……面倒くせえ家に入り込んだもんだぜ。ま、やれるだけのことはやりますよ」

 「頼むよディカルト」


 照れくさいのか、もうちょっと休憩すると言って俺とリンカは追い払われ、再び爺さんとギルディーラの居る場所へと戻る。

 

 「わふ」


 すると、クリーガーに訓練するため腕につけるサポーターを持ってきた。

 

 「なんだい、クリーガーも頑張るってのか?」

 「わんわん!!」

 「そうみたいね。自分も一員だって言いたいのかな?」

 「多分ね。よし、それじゃ今日はクリーガーを鍛えるとするか!」

 「きゅーん♪」



 ……いいことをいっぱいして胸を張る、か。

 俺も両親の仇を取れるなら最終的に死んでもいいと考えていたけど、さっきのリンカの言葉で、俺にも悲しむ人が多くなっているなと気づかされた。


 エリベール、元気だろうか?

 ふと、美人な顔立ちの婚約者を思い浮かべる。リンカを紹介したらなんというか……。


 そしてそれから半年ほど修行に明け暮れて、ある日――



 ◆ ◇ ◆


 ――ライクベルン謁見の間――


 「お初にお目にかかる。私は遥か北方の国‟ドラッツェル”の王女でヴィネと申します」

 「噂には聞いておりましたが、遠路はるばるようこそいらっしゃいました。厳しい環境での国、ご苦労もあるかと存じます」

 「お気遣いは無用。あの地で生きていくと決めた時点で覚悟はできておりますから」

 「なるほど……。それで来訪するという書状は頂いておりましたが、用件は書かれておりませんでしたな? 国内の旅行であれば良いガイドをつけますぞ」

 「それは頼もしい。しかし残念ながら私は探し物をしに来たので、それはいつかできれば、ということで……」

 「探し物、ですか?」

 「ええ。こういう者が『ブック・オブ・アカシック』という本を探していると聞いたことはありませんか?」


 ――瞬間、その場に居たライクベルンの人間が身構え、ライクベルン国王のバラックが距離をとる。


 アルフェンの話で『ブック・オブ・アカシック』の話は聞いているからだ。

 そして『こういう者』と言った瞬間、どういう原理か分からないが遠き王女の姿が漆黒の鎧姿に変化したからだ。


 「貴様がアルフェンの探していた黒衣の剣士……!?」

 「ああ、お構いなく。そのアルフェン君が持っていることは知っているよ」

 「……なら何故ここへ?」

 「そんなに難しい話じゃない。もしアルフェン君のところへ直接行って私に勝てなかった場合、また逃げるかもしれないからな。だから君達には……この王都ごと人質になってもらおうと思って」

 「馬鹿なことを……この人数差で勝てると思うな!」

 

 バラックが手をかざし、騎士団長と将軍に指示を出す。

 相手は護衛含めて四人。

 それに対し今まで対峙したことのない国を警戒してこちらは二十名から手練れを集めている。

 

 しかし――


 『この私にこの程度の数で勝てるなどと思ってもらっては困る』

 

 ――涼しい声で王女は剣を抜く。

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