188.迷子を預かる英雄



 「ちょ、ほんの少し目を離した隙に居なくなるなんて漫画かよ! あ、すみません」

 <いやあ、人の流れが速いからあっという間に見えなくなりましたね>


 慌てて周囲を見渡したがその場からではもう視認できず、方向も宿も分からないので適当に移動するが往来が多すぎてそれどころじゃない。

 

 「先に宿を探した方が早いか? いきなり城には行かないだろうし」

 <どうでしたっけ? 元の場所に居たいい気もします。迷子はその場を動くから迷子ですし>

 「ま、迷子じゃない……爺ちゃんたちが俺からはぐれたんだ」

 <珍しく焦ってますかね?>


 リグレットの言葉は無視して町を歩く。因縁をつけられても別に怖いというようなことは無いが、俺のせいで無駄な時間を浪費させるのが申し訳ない。手分けしたらさらに時間を食うだろうし。


 疲労もあるので早く見つけたいが、まったくもって見つからない。というか――


 「広すぎる……!! ドバイかここは!」

 <行ったことあるんです?>

 「リンカ……玲香に仕事の護衛でな。さて、本格的に建物が多くて分からねえな……」


 まあドバイは町なのに埼玉県くらいの広さがあるので、そこまでここは広くないだろう。でもライクベルンとかの王都に比べたらマジで広い。


 で、おおむね町と言えば居住区や店は固まっていたりするものだが、この町はてんでバラバラ。

 いや、ある程度は同じところにあるんだけど店と店の間に家屋やアパートみたいなのがあるって感じだ。

 そして城は結構距離があり、宿はその辺の人に聞いたところ広いせいかいくつかの場所に散って存在しているらしい。東西南北に一つずつ、みたいな。


 <全部行きます?>

 「城に一番近いところが良さそうだけど――」

 

 と、よそ見しながら歩いていたらなにかにぶつかり俺は転んで尻もちをつく。

 

 「いたた……」

 「おう、坊主いてえじゃねえか」


 声をかけられて見上げると、屈強そうな男が見下ろしながら睨みつけて来ていた。

 俺は尻の埃を払いながら立ち上がり、頭を下げる。


 「すみません、ちょっと急いでいてよそ見をしていました。それでは」

 「待ちな。よく見たらウチの連れ、お前がぶつかったせいでケガをしちまったようだぜぇ?」

 「はあ? いやいやそれはないでしょ」


 蛮族って感じの男二人。

 その片方にぶつかったわけだが、冒険者っぽい感じはする。確かに暑いせいか鎧どころか上着も着ていないが――


 「子供にぶつかられたくらいでケガをするのかい? 強そうな見た目なのに随分と弱っちいんだね。って、傷はどこ?」

 「このガキ……! 見ろ、ここだここ!」

 「えー……」


 よーく見ると、へその下くらいに『おでき』みたいなのが潰れた痕があった。

 これを俺のせいにしようとしたのかよ……


 「で、それが俺のせいだとしてどうしたいんだ?」

 「そりゃおめえ、金だよ金。治療費を払えってことだ。いい服着ているんだから持ってんだろ? 両親のところに行こうか」

 <うわー古い>


 まさかここまでステレオタイプの因縁をつけられたことがかつてあっただろうか? 


 いや、無い。


 顔も悪そうだしこういうことをして稼いでいるんだろうなあ……。俺はそんなことを考えながら回復魔法を使う。


 「ほら、回復魔法で傷を治したからこれで治療費は要らないだろ? 急いでいるんだ、行かせてもらう」

 「お、おお……!? ちょっと待て!」

 「うわ!? なにすんだ!」


 いきなり首根っこを掴まれてガクンと後ろに引っ張られる俺。

 手を振りほどいて正面を見据えると、にやにやしながら顔を近づけてくる。

 

 「傷は治ったけど精神的苦痛ってやつは簡単には治らねえんだよ? 金を出すか、その回復魔法で金儲けしねえか? けが人は多いからすぐ払えるぜ」

 「嫌だね。俺の魔法は金儲けのためにあるわけじゃねえ」


 いい加減面倒くさいと感じ始めた俺は男達を睨みつける。

 異国で騒ぎになるのは避けたいのでどうやって逃げようかと周囲に目を向けると、いつのまにか野次馬が集まって来ていた。


 <捕まっちゃいそうですね。見てないで助けてくれたらいいのに>


 まあ、厄介ごとに関わりたくないのが人間だからそんなもんだろ。

 さてどうするかと思った瞬間、フッと暗くなり、その瞬間背筋が寒くなる。

 寒くない、むしろ暑いのに自然と冷や汗が出る。

 

 殺 さ れ る――


 一瞬でその言葉が脳裏に浮かび、俺は動けなくなる。


 「な、なんだ、てめぇは……!」

 「このガキの知り合いか!」


 俺の背後に立つ者へ激高する男達。

 この気配に気づかないものだろうか……恐ろしくてそんなことは、言えない。

 そしてぬっと俺の横を通り抜け、男達の頭をがっしりと掴むのが見えた。

 

 グラディスよりも身長の高く、白い顎髭を蓄えた男。そいつが怖い顔で男達を見据え、


 「な、なんだ……やんのか!?」

 「上等だ!  べひゃ!?」


 おもむろに大男は男達の頭同士を力いっぱいぶつけた。その瞬間、二人は地面に転がり目を回す。


 「あ、ありが……うわ!?」

 

 そこでようやく金縛りが解けたようになり、礼を言おうとしたところで抱っこされ肩に乗せられた。


 「……子供がひとりでこんなところに居るのは危ない。親はどこだ?」

 「えっと、連れがどこにいるか分からないんだ。ちょうど探してて……」

 

 そこで考える仕草をする大男。よく見れば額に角がある……魔人族、か?

 するとざわついている野次馬の声が聞こえて来た。


 「あの大男……城に出入りしているっていう『英雄ギルディーラ』じゃないのか?」

 「魔人族だから『魔神』……? 新しい国王様に雇われたっていう――」


 英雄だと……!?

 まさかの言葉に俺が目を見開いて顔を見て呟く。


 「魔神だから、凄い気配を出していたのか……」

 「……む、分かるのか?」

 「背後に立たれた時、正直死ぬかと思ったよ。こんなところで伝説級の人物に助けられるとはね。俺の連れは城に抗議に来たんだ、もしかしたら先に城に居るかもしれない」

 「ふむ……よくわからんが……城なら今、俺が世話になっている。行ってみるか」

 「いいのかい?」

 「構わん」


 よく分からないがいいらしい。

 肩車をされたまま移動しているとグラディスを思い出すなあ……

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