180.進む環境整備
さて、屋敷に戻って来てから掃除や稽古など、少しずつ変化を見せていた。
事件があったためここで住み込みで働きたいという人は居なかったが料理人や使用人は通いならという人が居たので雇い、イリーナをメイドのトップとして快適に回せるように。
屋敷内は手入れされていたが、倉庫や庭、花壇なんかは回っていなかったので見違えるようにキレイになり、母さんの好きだった花を植えるのだと婆さんとリンカが張り切っていた。
稽古に関しては俺と一緒にリンカも加わり、戦いがあれば参戦すると表明。
俺としては前線には出さず自分の身を守れるよう強くなって欲しいと思っているけどな。
実際に本気で戦う黒い剣士がどれほどの強さなのか分からない。取り巻き連中もそれなりにやれるはずなので戦力は多ければ多い方がいいのは事実ではあるが……
で、本日は『ブック・オブ・アカシック』による提案か、はたまた予言である領主のところへとやってきていた。
町に俺が戻ってきたこと、爺さんが一緒に住むこと、そして町の警備増強案を提案がメインだが、あと一つ――
◆ ◇ ◆
「すまぬ、エドリックはおるかね?」
「これはアルベール様! ええ、もちろんでございます。ささ、中でお待ちください」
「ありがとう」
「領主の家なのに顔パスかあ、やっぱ爺ちゃんは凄いな」
「エドリックは魔物が活発になった件などで助けたことがあるから覚えもいいのだ」
「私は遠征の度にハラハラしていましたけどね。リンカ、アルフェンをしっかり摑まえておいてね?」
「そうね、私もお婆ちゃんみたいに心配したくないもの」
婆ちゃんはリンカを『リンカちゃん』とは呼ばなくなった。もう家族なんだからと、敬語も止めようということでリンカもそれに習った。
あの件が発覚してからリンカは俺への好意を隠さなくなり、婆さんはそれが嬉しい様子……。出張中に浮気をしている男みたいで心苦しいが、無下にもできない……。
とまあ、何気に家族全員で出向いていたりするわけだが、もちろん理由がある。
爺さんが留守にする場合は、屋敷に誰も残らないというルールを設けたからで、いつ、どこで連中が噂を聞きつけたり、人が戻ってきたことを嗅ぎつけて襲撃してくるか分からないから現在、屋敷は誰も居ない。
町に被害が無かった前回を考えればまずこの案が妥当だと言えよう。
……逆に言えばいまだに町を蹂躙しなかったのがよく分からない。
そんなことを考えていると、広めの応接間に通され、しばらく待っていると少し小太りの男性が体を揺らしながら入ってくる。
「お、お待たせしましたアルベール様! お久しぶりでございます!」
「ああ、お前は相変わらずだな。まあ、ワシが退役して顔を出しておらんかったが、元気そうでなによりだ」
「ええ、おかげさまで! ……というか、腕を失くされたと聞いていましたが」
「色々あって元通りだ。それで相談したいことがあってだな」
「それだけで片付けるんですか!? いや、喜ばしいことですが、なんでしょう?」
ツッコミが冴えるおじさんだなと苦笑する俺とリンカ。
話には聞いていたけど、まあそそっかしいらしい男なのだとか。
結婚もしているし、息子ももう成人して次期領主のため勉強中である。
で、爺さんの要求は俺という人間が戻ったことにより、黒い剣士がまた来ることに備えてのフォーリアの町を警備強化したいということ。
それと『ブック・オブ・アカシック』が狙いで俺が持っているとふれ回って欲しい件である。
「それは構いませんが、また襲撃されるのは間違いないでしょう。町の人間を危険に晒すのは……」
「そのための増強だ。さすがにワシの一存で決めて後で言われたら気分が悪かろう」
「それはまあ……」
「どっちにしても町の人に危害を加えなかった連中だし、なんとかなると思うよ。爺ちゃんと俺も居るし」
俺が決意をもってそう言うと、エドリックは俺を見て頭を掻く。
「君はまだ小さいのに肝が据わっているねえ……まあ、襲撃で生き残っただけのことはある……。しかし、屋敷に住むなとも言えないですし、分かりました。増強については問題ありません。ですが『ブック・オブ・アカシック』については私から広めることはできかねます」
「ふむ……」
さすがに敵を誘い込むような噂は流せないとそこはきっぱり断られた。
爺さんが信用するだけあってそこは流されないあたり好感が持てる。
「では陛下に進言をしましょう」
「それはワシからでいいか? 欲しい人員がいるので許可だけもらえれば」
「承知しました。では許可証を作成しましょう、息子の練習に使わせていただきますよ」
ということで領主の屋敷に行くというミッションは達成。
俺を含めリンカや婆さんは居ただけだったが、散歩がてらということでいいだろう。
エドリックは爺さんの腕が戻ってきたことを心底喜んでおり、自領地に住んでくれるのは嬉しいし助かると欲が駄々洩れなことを言っていたのが面白かった。
そして町の警備は予定通り爺さんが陛下に手紙を出し、騎士団や冒険者から爺さんを慕っていた者や退役したい人間、元騎士団だった人などが数十人集まり強固になっていた。
ただ、その中に――
「今日からこちらで世話になる、ディカルトと申します。以後、お見知りおきを、アルベール将軍」
――なにを企んでいるのか、俺と戦いを繰り広げた男も町へ来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます