179.『死神』との戦い
「おはようアル」
「おはようリンカ」
一夜明け、リンカの顔を見てから昨日のことを思い出して俺は頬をつねるってみると痛い。
夢ではないことが分かり、俺は思わず笑みが零れる。
まさか前世の親友と出会えるとは思わないだろう? 彼女とは大人の関係であったが恋人宣言はお互いしていなかった。
最終目標が人殺しであったため、なにかあった時に切り捨ててもらえるようにと。
お互い都合の良いパートナーとして、割り切っていた。
だけどまあ、こんな俺に協力してくれる彼女に恋愛感情が無かったのかと言われれば答えはノー。好きだったよ。
今世は気兼ねなく恋人に……ともいえない。
すでにエリベールという最強の婚約者が存在するからだ。彼女がいいよとは言っていても気が引ける。
だけどリンカの叔父の状況などを考えるとさっさと結婚しておいた方が良いと思うんだよな。
彼女が知らない子なら別だったかもしれないが、事実を知った今はそばにおいておくべきだと考えている。
……それに万が一俺が死んでも、リンカが祖父母と一緒に居てくれれば非常にありがたいという打算もある。
「どうしたのアルフェン? ぼーっとリンカちゃんを見て。好きになったのかしら?」
「ええ!?」
「ああ、ち、違うよ! 違わないけど!?」
「違わない……!」
リンカが嬉しそうながらも複雑な顔をしながら声をあげると、爺さんが食堂へと入ってくる。
「なんじゃ朝から騒がしいな。アルフェン、朝食の前に稽古でもやるか?」
「あ、いいね。やろうやろう」
「じゃあ私はイリーナさんのお手伝いをするわ」
「ゆっくりしていていいんですよ?」
「お世話になってるから働きたいんです! クリーガー、キッチンはダメよ」
「きゅん」
俺と爺さんは庭へ向かうことになり、リンカはそんな俺にウインクしながら手を振り、キッチンへ消えた。
婆さんはリンカが大好きになったようなので一緒になればと思ってるんだろうなあ。
とりあえず雑念を一旦払うためにも朝稽古はありがたいと倉庫から巻き藁と木剣を取り出し、クリーガーを庭へ放つ。
「向こうに行くと川があるから落ちるなよ?」
「きゅんきゅん!」
「よし、行ってこい」
ウチも庭が広いので退屈はしないだろうし、子供のころ散策して動物が通れそうな抜け道もないことを確認しているから逃げないはずだ。まあ絶対ここに帰ってきそうだけど。
クリーガーが垂れていた尻尾をくるんと巻いて駆け出したのを見送り、失っていた腕で素振りをしている爺さんに話しかける。
「爺ちゃんどうする? 素振りと模擬戦」
「む、そうだな……魔法なしの打ち合いといくか。激戦をくぐりぬけて来た実力を見てみたい」
「いや、爺ちゃんにはかなわないよ? ランク40くらいだし」
「その歳で40は高いがの」
微笑みながらスッと構える爺さん。
その瞬間、周囲の温度が下がった気がする。いや、俺が緊張しているからそう感じているだけだ。
片手半身で構えた爺さんに対し、俺は両手持ちで腰を落とす。
「いつでもいいぞ」
「オッケー……行くよ!!」
「む……!」
口に出した瞬間、俺は右斜め前に走り、すぐに爺さんの左側へ振り下ろす。
右利きのなので片手半身ならすぐに対応しにくい方向だからである。
だがそこは爺さん、軸足は変えずにこちらを向き俺の一撃を受け流す。そのまま体を前にずらして刃を滑らせ、俺の喉を狙ってきた。
「くっ」
「避けるか! ふはは、やる! ……おう!?」
爺さんの身長と俺は結構な差があるので喉の打点が低い。俺はさらに頭を低くしてそれを避け、爺さんの脇腹へ向かって薙ぎ払う。
「手加減は無用か。父はもう完全に越えたな、アルフェン」
「そうかな……だとしたら嬉しいかも!」
「ではウォーミングアップは終わりだ、ゆくぞ」
そこから爺さんは宣言通り鋭い打ち込みが増えた。
俺も打ち返すがクリーンヒットにはならず、体格差を恨む。
「力負けしている……! ぐあ!」
「これでも致命傷は避けるか、我が孫ながら恐ろしいな」
「だぁぁぁ!」
「足が止まっているぞアルフェン!」
木剣の打ち合う激しい音が庭に響き、運動の汗か冷や汗かわからないものが頬を伝う。
だんだん手が痺れてくると、被弾が増えて反撃ができなくなり、動作が鈍くなったところで脳が揺らされた。
「ぐえ!?」
「ふむ、ここまでか」
「いってぇぇ……<ヒーリング>」
「おお、回復魔法!? お前、ベルクリフまで使えるのか?」
「はあー……。まあね。エリベールに教えてもらったんだ。あんまり大けがは治せないけど」
「……ワシの腕を再生させた魔法があるしのう」
「あれは……とっておきだからいざって時しか使わないよ」
寿命が削られると告げたら後悔しそうなのでそこは伏せておこう。
というかどれくらい本気で戦っていたかわからないけど初めて手合わせをした爺さんは強すぎだ。ゼルガイド父さんとは違い、軌道が読めない剣筋で型を複合させているのだろうと推測できる。
「今のでだいたいランク60くらいの強さだな。よくついてきた」
「あれで60……全力を出されたら瞬殺されそうだ。でも、もうちょっと大きくなって体力をつけたら防ぐくらいはいけそうな気がしたよ」
「うむ。気合は十分じゃった。左手がまだ痺れておる」
爺さんが俺の頭に手を置くと、わずかに震えているのが分かった。
序盤、手数で勝負した形だがそれなりに戦えているようで満足したな。
それとライノス父さんの時にも思ったけど、容赦ないのが爺さんらしいと思った。
「あ、そうだ。今度ここの領主様に会いたいんだけどいいかな」
「ん? そりゃ構わんが、どうした?」
「俺が『ブック・オブ・アカシック』の所有者ってのを拡散するのに協力してもらいたなって。目的が分かっているなら利用しない手はないと思う。
それと爺ちゃんの部下でスチュアートって槍使いが居たでしょ、あの人は信用できそうだし呼べないかな?」
「ふむ……確かにあやつなら……よし、手紙を出しておこう。ヤツも騎士団ではなく国境に配備されたらしいから不満であろう」
爺さんが顎に手を当ててそう言ったところで玄関からリンカが顔を出した。
「アルフェン、おじい様! ご飯できましたよ!」
「オッケー、いま行く――」
「きゅんきゅーん♪」
「あら、クリーガーもお庭に居たの?」
「速い!?」
ご飯の言葉を聞いたクリーガーがどこからともなくかけてきてリンカの足元でおすわりをしていた。
あいつ、最初に拾ったころから比べると元気になったなあ……俺と一緒に大きくなったら頼もしい仲間になりそうだ。
とりあえず足を洗ってやるかと抱き上げてから屋敷の中へと戻って行く俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます