171.小物ではなく大物を探せ


 「いやあ、はは……心配をおかけしました……」

 「まったく、ワシが戻ってもお前が倒れたらなんにもならんわ」

 「ホント、びっくりしたわ。ゴブリンロードの時にもすぐには倒れなかったのにね」

 「ゴブリンロードだと!? まさかあの凶悪なロードクラスと……」

 「戦いました。とどめはアルフェンの一撃で首が落ちましたね」


 リンカが満足げにそういうと、爺さんは顎に手を当てて驚いていた。

 大隊をかなり投入してようやくどうにかできるレベルの相手で、オークやトロール、オーガにも『個体差』が存在する。


 『ロード』は最上級で、次いでいくつか階級が存在するのだとか。

 特にオーガロードは剣のランク90を越えている爺さん一人でギリギリ勝てるかどうかというレベルらしい。ゴブリンロードなら殺れるみたいだが……。


 オーフもフェイバンもランクが高いのに苦戦したのはゴブリンも魔物を使役していたからのようで、ゴブリンロードだけならランク70程度あれば倒しきれる。

 ……まあ、爺さんの見解だからアテにはならんけど。化け物だしな。


 それはいいとして、俺はあの後ぐっすり寝込んでいてすでに陽はとっぷりと暮れていた。

 まだ朝早かったことを考えると今回はかなり寝込んでいたことになり、ゴブリンロード戦でも思ったが戦闘中にスキルを使うことは結構リスクが高いなと感じる。

 イルネースが出てこなかったので、そこまで深刻でもないのだろう。

 まあ、マナは充分だったし【呪い】のせい、だと思う。


 「とりあえず明日は陛下に親書を届けないとね」

 「そうねー。わたしの目的はそこだからささっと終わらせちゃいたいわ」

 「爺ちゃんも一緒に行ってくれるよね? そのまま将軍に復帰できそうだし」


 スープを口に入れながら尋ねると、爺さんは少し考えた後に口を開く。


 「いや、ワシはもう騎士団に未練はない。謀略にはまった時点で資格はないと思うておる。金もあるし、アルフェンとリンカと静かに暮らす」

 「えっと……いいんですか?」

 「アルフェンの友人なら大歓迎ですよ。マルチナが亡くなって寂しかったから、女の子の孫が増えたみたいで嬉しいわ。それに酷い叔父から逃れるにはウチに居た方が安全ですよ」

 「うう……」


 婆さんが本気で嬉しそうに語り、リンカが顔を赤くして申し訳ないと俯いていた。

 俺が寝込んでいる間にそういう話があったようで、婆さんが引き取ると言いだしたみたいだ。

 とりあえずリンカはそれでいいとして、問題は爺さんだな。イーデルンが黒幕であることは分かっているのだが……


 「……爺ちゃんはそれでいいの? 黒幕はなんとなく分かっているけど」

 「ふむ? まあ、腕も元通りになりアルフェンも戻った。それで十分じゃ」

  

 そう、柔和に笑う。

 だけど、俺はやらなければならないことがあるので静かに暮らすという選択肢は存在しないのだ。


 「……ごめん爺ちゃん。俺は父さん達の仇をどうしても取りたい。あの日、屋敷を襲ってきた連中には報復をしたいと考えている。黒い剣士のこと、なにか知らない?」

 「……!? 本気か?」

 「うん。爺ちゃんたちの無事を確認したら次の目標はそれだよ。旅に出ることも考えているんだ」

 「アルフェン……」


 ロレーナが困った顔で笑いながら俺の名を口にする。

 自分たちは捨て子だったから、家族が居るのにといった感じだろうか?


 「わたしも手伝うわよ!」

 「お、おう……」


 違った。

 なんか知らんけど乗り気だ。

 婆さんが爺さんと俺の顔を交互に見ていると、爺さんが話し出す。


 「……襲撃者の顔は見ているのか?」

 「ああ。主犯は女で顔に傷があった」

 「死ぬかもしれんぞ?」

 「その時は仕方ない、俺が弱いのが原因だろうしね」


 短いやり取り。だけど、爺さんは真剣な目で俺を見る。覚悟はあるか、と最後に聞いてきたので無言で頷く。


 「ふん、両親には似なかったがワシには似たようじゃな。よかろう、ワシもアルフェンと共に敵討ちを目標とする」

 「爺ちゃん……!」

 「ワシもそれはいずれ果たすつもりだった。そしてお前は止めても聞くまい? なら一緒に居た方が安心できるしのう」

 「あなた!? まさかアルフェンを戦いに行かせるのですか!」

 「婆ちゃん、いいんだ。心配してくれるのはありがたいけど黒い剣士がこいつを狙っているなら、いずれにしろ戦う羽目になる」

 「それは……?」

 

 俺は胸元から小さくなった『ブック・オブ・アカシック』を取り出し、原寸大へ戻す。


 「爺ちゃんなら知っていると思うけど『ブック・オブ・アカシック』っていう予言書みたいな本だよ。ちなみに、爺ちゃんを襲わせた人間は……イーデルンらしい」

 「なんと……! 忌まわしき本と呼ばれたそれに選ばれていたのはお前だったのか!? それにイーデルンが、か?」

 「……」

 

 ロレーナが本を見て目を細め、リンカが冷や汗を流す。

 そして驚愕した爺さんが腕組みをしてため息を吐く。


 「……なるほど、賊の狙いがそれならいつか必ず出会うことになりそうだ」

 「うん。他の国では俺がこいつをもっていることを吹聴している。後はライクベルンでもそのことを噂として流し――」


 そこで俺はあることを閃いた。

 そうか……わざわざ旅に出る必要はないかもしれないぞ?


 「――イオネア領にある、俺が住んでいた屋敷で……そいつを待ち受ける」

 「むう、最善は最善か……」


 ただ、黒い剣士達が俺達だけを狙うとは考えにくいので、町の人達の危機が心配だ。


 「今、町はどうなっているの?」

 「屋敷はそのまま残してある。町の人間は移住した者もいるが、そのまま住んでいるぞ」

 「そっか……」


 俺と爺さんが考え込んでいると、婆さんが俺達の頭をはたきながら口を尖らせて手を叩く。


 「はいはい! 女の子がいる前でそんな話をしないの! 食事にするわよ」

 「あ、そ、そうだね婆ちゃん! リンカとロレーナ、お待たせ。食べようか」

 「う、うん」

 「……」

 「ロレーナ、涎すごいんだけど!?」

 「ハッ!? 危ないところだったわ……ご馳走を前に油断を……」

 「いや、もう手遅れだと思うけど……」


 とりあえず明日、ロレーナと共に城へ謁見をすることを決めるが、イーデルンについては本の予言というところで証拠をつかむまでは保留とした。

 俺が合流したので、爺さんが騎士団へ戻らない限りは尻尾を出さないと思う。


 ぶっちゃけイーデルンみたいな小物は後でもいい。

 さて、黒い剣士の手がかりが見つかるといいが――

 

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