169.ズレていく歯車


 中継地点の小屋を二つ越えたロレーナとリンカは無事に王都へと到着……したと思う。

 結局、ディカルトは戻ってこなかったものの俺は二人と合流せず、森を突っ切る方向へシフトしたから、先に行ってもらったのだ。

 こっちはこっちで魔物との戦いが激しかったため大幅に遅れていたりする。

 まあ、城壁は見えているのであと少し……最後の問題をクリアできれば晴れて爺さんの屋敷へ行くことができる。


 最後の問題は『門番を突破できるかどうか?』である。

 流石に一部の人間しか知らないとなれば妨害工作はやっていないだろうと思いたいが、できれば秘密裏に町へ入りたい。


 <隠し通路とかないんですかね?>

 「戦争時で陥落した時の脱出路は絶対あると思う。けど、そんなのを調べてたら怪しいし、どこにあるかも分からないからな。ここは正面突破でいいはずだ」

 <どうしてです?>


 理由としては二つ。

 一つはこの反逆者騒ぎは本当に一部の者しか知らされていないからだ。

 『ブック・オブ・アカシック』が示す通りイーデルンが黒幕なら、公にはしないだろう。

 もし爺さんの耳に入れば『俺が生きている』ことを知ることになり都合が悪い。


 もう一つはここで止められるのであれば逆に騒いでやれば人の目に触れる機会が増えるためおいそれと殺されはしないはず。

 反逆者だと知らない人間からすれば子供相手に酷いことをする兵士にしか見えんしな。


 <にゃるほど……>

 「分かってんのか?」

 「きゅぷし! ……きゅーん」

 「風邪か? 毛布にくるまってていいぞ」


 毛布に包んでリュックから顔を出しておく。

 クリーガーの席になりつつあるこの状態は見る人が見れば愛らしいだろうなあ。

 ま、それはともかく……


 「陽が高くなってきた、行くか」

 <ですね!>


 徐々に大きくなっていく門。

 こっち側から入るのは初めてだなと思いつつ、4歳とか5歳くらいの記憶を呼び起こす。あのころは両親やマイヤとここへ遊びに来ていた。

 しかし今は爺さんの無事を確認するのと、イーデルンへの報復という黒い目的を持った状態で再び来ることになるとは。


 俺は真面目な顔で兵士たちに近づくと、顔を隠していたマフラーを外しながら声をかける。


 「へーい、お勤めご苦労様です! 町に入りたいんだけどOK?」

 「やけに陽気だな。というか子供一人で来たのか?」

 「まあね。こいつを見てくれ」

 「んー? お、冒険者なのかやるな。……!?」


 俺の挨拶に苦笑する兵士にギルドカードを見せると、和やかムードが一瞬で緊迫した雰囲気に変貌する。

 兵士二人は顔を見合わせた後、すぐに一人の兵士に肩を掴まれて中へ引きこまれた。


 「俺はアルベール様のところへ行く。ここは頼むぞ」

 「もちろんだ。誰か詰所から呼んできてくれ」

 「ああ! 行きましょうアルフェン様、これでお元気を取り戻してくれれば――」

 


 ◆ ◇ ◆


 ――ライクベルン執務室――

 

 「逃がした、だと?」

 「いやあ、申し訳ありません。というかガキのくせに手強い相手でしたぜ、それに度胸もある。仲間らしき女も追及するには分が悪いんで、先に報告に戻って来たってわけです」

 「今はどこにいるのか分かっているのか?」

 「ジャンクリィ王国の町に戻っているのか……それとも、もう王都に居るか……」


 ロレーナ達が休んでいる間に馬を走らせて先に王都に戻って来ていたディカルトが不敵な笑みを浮かべる。

 逃がした張本人にそのような態度を取られたイーデルンは激高して机を叩く。


 「そんなことは分かっている! もし戻って来ていたりしてみろ……くそ、お前が余計なことを言ったせいで」

 「ガキならすぐ殺せると思ったんですがねえ。なら、違ったって訂正しておきましょうや」

 「なに?」

 「反逆者じゃありませんでしたって。どうせ一部の人間しか知らねえわけです、勘違いでしたとでも言っておきゃあいいんですよ」

 「なら貴様が発言した件はどうするつもりだ。本人が聞いているんだろうが」

 「ま、そこは暴走したオレを処罰ってことで。どうせなんか処罰するつもりだったんでしょう?」

 「……そうだな、ではその方向で話をまとめるぞ」

 「結構ですぜ。それじゃオレは国境へ戻ります」

 

 その時、執務室に別の人間がノックをし、イーデルンへ告げる。


 「イーデルン将軍、アルベール元将軍のお孫さんであるアルフェン君が先ほど南門で保護されたとの連絡がありました!」

 「……! そ、そうか。報告ご苦労、アルベール殿もお喜びになるだろう」

 「ハッ! 一安心でありますな。それでは自分はこれで」

 

 兵士が敬礼をして下がると、イーデルンは青い顔で首を振る。


 「くそが……戻って来たではないか……!」

 「まあ、こうなりゃなんとか誤魔化すしかありませんな。必要があれば呼びよせてくださいや」


 ディカルトは適当に礼をして部屋を出ていく。

 しばらく進んだところで、肩を震わせながら口を開く。


 「……小心者が将軍の器かねえ? 作戦が後手に回っててやらされる方の身にもなって欲しいもんだぜ。

 強い奴と戦えると思って騎士団に入ったが歴代最強のアルベール将軍は左腕を失くして退役。裏仕事なら強敵がと思ったが、つまらねえもんだな」


 そこで立ち止まり町の方へ目を向けるとおもちゃを欲しがる子供のような顔をした後、馬を歩かせる。


 「……あのガキはなかなか面白かった。あのままやっていたら、本気で戦っていたらどっちが勝ったろうなあ。いや、残念だ、くく……イーデルン将軍はどうでるか――」


 ◆ ◇ ◆


 しばらく歩くと、懐かしい爺さんの屋敷が目に見えてくる。

 元気はないと漏らしていたが、生きていることがわかりホッとしていた。

 庭にもらった馬と荷台があるのでロレーナ達もここに来ているようだ。


 「ここまでで大丈夫だよ」

 「……ええ、しかしお気を付けください。アルベール様の周囲で不穏なことがありましたので」

 「え?」

 「それはアルベール様から話があるかと。では私はこれにて失礼します」


 <なんだか物騒ですね>

 「いや、逆に俺の手紙が届かなかった理由かもしれないぞ?」


 俺をどこかで亡きものにしようとしていたようだがザルな計画だ。国境で仕留められなかったディカルトが色々とミスを犯したおかげかと思いながら俺は屋敷の玄関へと足を運ぶ。

 やがて扉の門を叩くと、少し歳を取っているが前に見たことがあるメイドさんが目を見開いて驚いた後、悲鳴に近い叫び声を上げた。


 「だ、旦那様! 奥様! アルフェンおぼっちゃまが戻られましたよぉぉぉぉぉ!」

 「きゅん!? きゅんきゅん! きゅんきゅん!」

 「落ち着けクリーガー、敵じゃない」

 

 寝ていたらしいクリーガーが驚いて吠えまくるのでリュックから出して抱っこしてやる。

 やがて声を聞きつけたらしい屋敷の人達がバタバタと足音を立ててホールへと集まって来た。


 そして――


 「あ、アルフェン……アルフェンか!! おお……」

 「お、大きくなって……さぞ苦労を……うう……」

 

 ――いかつい爺さんと優しい婆さんが俺を見て号泣した。


 ようやく、ここまで帰って来れた。

 だから第一声はこれしかない。


 「ただいま、爺ちゃん、婆ちゃん!!」

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