168.追跡
「ぷはっ!」
「きゅーん……」
「はーい、よく頑張ったわね」
「だ、大丈夫?」
念のため国境を越えてから30分ほど移動したところで俺は荷台の底から引きはがされて地面に転がる。
クリーガーがぶるぶると体を振っているのを尻目に立ち上がり、俺は二人へ言う。
「さて、おかげで国境は抜けられた。後は王都を目指すだけだな」
「どれくらいでつくのかしら?」
「馬車で3日か4日くらいよ。戦争を考慮して国境から遠いところに拠点を構えるのは基本だから」
ロレーナが得意げにリンカと同じくらい薄い胸を反らしながらドヤ顔でそう言い放つ。
「いてっ!? なにすんだよ」
「良からぬことを考えていた気がしたわ……彼女持ちの余裕かしらねえ」
「怖いよ!?」
「え、彼女居るの?」
「居るよ。カタがついたら戻らないと」
「ふ、ふーん」
何故か不満気に口を尖らせてくるリンカ。
俺は首を傾げつつも次の行動に移ることにする。
「……それじゃ俺はここから森を歩いていく」
「あれ、乗っていかないの?」
「国境でのやりとりを考えると、俺を反逆者扱いしている人間の総数が知れないんだ。一部の人間しか知らないって話だけど一部の規模がな。すれ違う人が俺を知っている可能性を考慮して隠れながら移動するよ」
まあ、幼少期とは顔つきと体つきが違うので爺さんくらいしか分からないとは思うが万が一はあるからな。国境での騒ぎから2週間近く経っているし、俺が現れたことを伝令していてもおかしくない。
「それじゃゆっくり移動するわよ」
「オッケー。休憩したいときは誰も居ないのを見計らって声をかけるよ。最悪、はぐれたら王都の爺さんの家……ゼグライド家を訪ねてくれ。俺もそこへ向かう」
「わかったわ」
ロレーナ達にサムズアップをしてクリーガーと共に街道沿いにある森へと入っていく。
見えるかどうかくらいの位置をキープして歩き出す俺とクリーガー。
念のため顔を隠しておく。
クリーガーは運動をさせたいけど子狼の足じゃ遅くなるのでリュックに収まってもらっている。
「きゅふん……」
おねむのようなのでそっとしておこう。
途中、休憩所みたいな場所があると言っていたから今日はそこで寝泊まりし、俺はコテージかな。
<無事に辿り着けそうですね>
「……どうかな。上手くいきすぎている時は最大限の警戒を、だ」
<なんです、それ>
「俺に殺しを教えてくれた人の言葉だ。一番マズイ状況を考えたうえで行動するのは当然としても、結果的に中途半端に想定とずれることはよくあるんだ。
だけど想定より上手くいきすぎている場合、それは罠の可能性がある」
<あー>
実際、偽情報を掴まされて逆に包囲されたとか、替え玉だった、みたいなことは現実でもある。
正直、オーフが魔物と戦い、助けを呼ぶあたりは計画に無かったが、あのままだとどこまで調べられるかわからなかったのはある。
まあ、板を追加したりして偽装しまくっていたから五分ってとこだけど。
ロレーナとリンカと俺がつながる要素は無いので杞憂で終わってくれればいいんだけどな。
――などと考えていたが……
◆ ◇ ◆
「わ~れら~親善た~い~し~♪」
「ちょ、ロレーナさん声が大きいですよ」
「誰も聞いてないからいいじゃない! 最強~無敵のロレーナちゃんは~♪」
酷い……
内容もそうだけど、とにかく音痴すぎて聞くに堪えないのが、辛い。
アルフェンは……居るわね。
「なあに、アルフェンが気になるの? ふひひ、かっこよく助けてもらったもんねー」
「そ、そういうわけじゃ……」
「まあ、あの年であの強さ。無詠唱魔法を使って謎の剣を持っているうえにアルベール将軍の孫でシェリシンダ王国のお姫様が彼女って相当できすぎな感じはするけど」
「お姫様!? 彼女がですか?」
「そうそう、だからいつかシェリシンダ王国に行くんだって」
彼女がいることも驚いたけど、まさか相手がお姫様だなんて……。
ちょ、ちょっと気になっていたけどこれは下手に恋仲になると浮気になって慰謝料とか取られるかもって案件……
「でも今は離れているからリンカちゃんはチャンスよね。アタックしてみたら?」
「いえ、慰謝料は払えませんし……」
「慰謝料? 妾とかなら大丈夫じゃない? 王族って子供いっぱい欲しいって聞くしね。私ももうちょっと若かったらなあ。……いや、五歳差くらいならいける……!? 玉の虫に乗れるかも……」
「あはは……」
ロレーナさんは野心が凄いなあ。
日本は一夫一妻だったから妾の子と言われてもピンとこない。彼女は17歳というけど、前世の私より20歳は若いのにそういう考え方なのはこの世界だからでしょうね。
でも玉の輿であって玉の虫ではないと思う。それじゃカナブンかコガネムシだもの。
ま、まあ、ちょっと気になっていたくらいだから彼女が居てもどうってことないわ。……今は色恋沙汰より逃げ延びて叔父に泡を吹かせる作戦を考えるのが先だし。
暗殺者とか雇えないかしら?
隣で下手な歌を熱唱しているのを尻目にそんなことを考えていると、背後から馬の足音が聞こえて来た。
「なに? ……!」
「おっと、追いかけて来たの? こりゃアルフェンの勘が当たったわねえ」
振り返ると国境で検閲を行っていた男が一人、こちらに向かってくるのが見えた。
自国に戻るのかと思いきや、私たちの前に回り込んできて停止を呼びかけてくる。
「おう、嬢ちゃんたち止まりな」
「あら、さっきはどうも♪ なにかごよう?」
「ああ、荷物検査をしっかりやっておこうと思ってな? ガキにゃ興味ねえが身体検査もやってやるぜ?」
「好みじゃないから却下ね。急いでいるんだからさっさとしてくれる?」
ロレーナさんが挑発するように言い放つと、男は笑いながら近づいてくる。
私達は荷台から離れ、好きに調べさせてやるとしばらくしてから笑みを消してこちらへ向く。
「……あのガキはどこだ?」
「ガキ? なんのことかしら?」
「とぼけるな。最初に俺があいつを攻撃した時、煙幕を焚いたのはお前だろう? 臭いが染みついているのは分かっているんだぜ」
鼻を親指でさしながらそんなことを言う男。
よく観察しているわねと感心する。
対するロレーナさんはというと、
「乙女の匂いを嗅ぐな……!!」
「ええー、そこ!?」
「ふん、体に聞いてやるか?」
「あんた、私が親書とこの荷物を国王様に届けるっての忘れてんじゃないでしょうね?」
「そうだぞ、私達になにかあれば困るのはそっちだ」
「……チッ、ガキは居ねえようだし、ここは見逃してやる」
男は舌打ちをして馬にまたがると元来た道を戻って行く。
「べろべろべー! 二度と来るなこのとんちき野郎!」
「はいはい、急ぎますよ」
ロレーナさんは舌をだして煽っていたのを窘めてから再び出発する。
ふと気になって森を見ると――
「……」
アルフェンが黒い剣を握ってこちらを見ていた。
いざとなれば、という覚悟が見え、私はごくりと喉を鳴らす。
このままなにも無ければいいけど――
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