167.芝居を打つ


 オーフがリンカを見てなにか案を思いついたということで、俺とリンカ、それとホウフラットさんはこの町でしばらく滞在。

 追手が迫っている危険を考慮してリンカも宿から出ないようにしていて、なんとなく過ごしていた。


 「よしよし、ふわふわになったわね」

 「きゅん♪」

 「……もう三日か、食事はホウフラットさんが持ってきてくれるのは助かるけど、オーフはどこに行ったんだろうな」

 「そうね。私はもう国を越えたから簡単に捕まらないと思うけど、アルフェンは急ぎたいものね」

 「ああ」


 俺がそれとなく呟いた言葉に、クリーガーのブラッシングをしていたリンカが返事をしてくれる。

 彼女はアイゼンの森を抜けるまでがターニングポイントだと言っていて、追いつかれそうになったところでウォルフ族に助けられたそうだ。

 なのでジャンクリィ王国へ入国した時点で公に動けないはずとのこと。


 状況的には俺と同じだと軽く微笑むリンカ。彼女は二人の時は尊大な喋りをしなくなったのだが、そもそも尊大な話し方をする理由は放逐された時に強くなると決めたかららしい。

 特に騎士団長であるワイゲルの下へ行くことになったのもそうした理由に入るらしい。

 

 その話を聞いた時、前世でのパートナーだった怜香を思い出したな。あいつも父親が急死して企業を継いだ時に強くなると泣きながら俺に言っていたから。


 「……ごめんなさい、大変な時に私のことまで」

 「いや、それはいいんだけど、俺と居ると危険な目に合う方が心配だよ。ライクベルンへ行って爺ちゃんに会えたらなんとかなると思うけど」

 「ありがとう。お爺さん、無事だといいわね」


 そんな会話をしながらさらに三日ほどゴロゴロしていると、ようやくオーフが帰って来た。

 

 「待たせたな。こいつで国境を抜けるぜ」

 「おかえりオーフ……って、こいつは手紙?」

 「おう。陛下直筆の書状ってやつだ!」

 「は!? な、なんでそんなもの持ってんだよ!?」


 俺はもちろん、リンカとホウフラットさんも驚愕の表情でオーフの手にある手紙を見ていた。

 もちろん説明はするぞと笑い、続ける。


 「大急ぎで王都まで戻ってフェイバン経由で手に入れてきた。ライクベルンの国王様あてにって名目だ。こいつをロレーナが持ち、リンカを連れて国境を越える」

 「マジでか」

 「うんうんマジマジ♪」

 「本物、なのですか……?」


 ホウフラットさんが焦りながら口を開くが、フェイバンと友人らしいオーフなら本物をもっていてもおかしくはないけど……


 「いや、捨て子だったオーフがフェイバンと友人ってのも驚きだけど、王様が他国のリンカや俺の為に動いてくれるものか?」

 「ま、そこは俺の冒険者としての腕のおかげだな! おっと、お礼は気にしなくていいぜ!」

 「ライクベルンで美味しいものをたらふく食べさせてもらえれば!」


 凄いんだろうけど、こういうところで損をしているなと思う。

 にしても、マジで何者なんだオーフとロレーナ?

 フェイバンと友人ってのは冒険者繋がりでまだ分かるが、オーフから聞いた話をフェイバンへ告げて、それを国王が『おお、分かった』と了承するものだろうか……。

 余計な詮索をするのも野暮なので聞かないけど。


 とりあえずプランとしてはロレーナが依頼を受けたってことでリンカと共に国境越え。そこから陛下に会って爺さんのことを聞く……という流れらしい。

 

 「……俺はどうするんだ?」

 「色々考えたんだが、アルフェンを連れていくのはリスクが高い。なのでお前には特別席を用意した」

 「特別席……?」


 オーフの意地の悪い笑みに嫌な予感しかしないが、ここは頼るしかない。失敗すれば俺だけでも山越えルートを考えればいいか。


 「ま、上手く行くだろうさ」

 「え?」

 「なんでもねえ、それじゃ説明するぞ――」


 ◆ ◇ ◆


 

 ――そして


 「ジャンクリィ王国の親善大使のロレーナちゃんでーす♪ ライクベルンへはこの親書を持って行くので通してくださいねえ?」

 「ほ、ほう、陛下へ……しかし、冒険者のあなたに重要な書状ですか」

 「ふん、経緯はなんだっていいじゃねえか。可愛い子二人旅、気をつけねえとな?」

 「お気遣いありがとうございますー♪」

 「通ってもいいだろうか?」


 ロレーナの能天気な声とリンカの凛とした声が聞こえてくる。

 かくいう俺はどこに居るかというと、馬車の荷台……の下。

 底に括り付けられていたりする。


 荷物検査は避けられないので樽とか木箱の案は却下。

 かといって変装もあまり効果があるとは思えない。逆に怪しさを増しそうなので底板に括り付けた方がいいだろうと俺が提案した。


 (結構辛いなこの態勢……クリーガー、もうちょっと我慢しろよ)


 カバンに押し込めたクリーガーも我慢しているのだ、俺が我慢しないわけにはいかないだろう。


 「では、荷物検査を」

 「どうぞー」

 「一応、下も調べさせてもらいますね」

 「……!」


 と、俺達に緊張が走った瞬間――


 「うおおおお!? 魔物だ! 誰か手伝ってくれ!」

 「なに!?」

 

 ――坂の下でオーフが大声が聞こえてきた。


 あれ、こんな話があったっけ!?


 「グォォォン!!」

 「おいおい、マジか!?」

 「非戦闘員を守れ!」


 耳に魔物の声が響き、本当に戦闘に入っていることが分かる。

 直後、国境に居た騎士達がバラバラと坂の下へ向かう足音が聞こえ、続いてから――


 「おっと、こいつはまずいな。姉ちゃん達はもう行っていいぞ、陛下に俺達が頑張っていますと伝えてくれや」

 「はーい、お名前は?」

 「ディカルトだ、町で会ったらイイコトしようぜえ?」

 「ほほほ、それではー」


 ぴしゃりと手を叩く音が聞こえてきたのとロレーナの声色で苛立っているのが分かる。

 そのまま馬車はゆっくりと進み、俺達は国境を越えることができた――



 ◆ ◇ ◆


 

 「どうしましたディカルト殿? あの娘、気に入ったんですか?」

 「……くく、そうじゃねえよ。おい、スチュアート!!」

 「なんですかな? 急いで、魔物を討伐せねばいけませんぞ」

 「いや、そっちはお前に任せるわ。俺はちょっとさっきの娘達を追う」

 「なに……?」

 

 スチュアートは踵を返すディカルトに目を向けて訝しむが、ディカルトはさっさと歩き出す。

 武器を手に、自分の息がかかった部下へ小声で言う。


 「……さっきの女、先日の煙幕と火薬の臭いした。ガキを助けるように発生したってことは繋がりがあってもおかしくねえ。スチュアートの監視は頼むぞ」

 「なるほど……流石はディカルト様。お気をつけて。楽しむのはほどほどに願いますぞ」

 「わかってらあ」


 口は笑っているが目は笑っていないディカルトは馬に跨りロレーナ達の後をつける――

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