幕間 ⑥


 ――スリアン国――


 「ワイゲルよ、この度の遠征ご苦労であった」

 「ハッ、ジャンクリィ王国の者たちと協力してことに当たり、ゴブリンロードを討伐することに成功しました」

 「うむ……よもやそんな脅威が迫っていたとは恐ろしいものだ。結局、ジャンクリィの者が襲ってきたという証拠は無かったのだな?」


 国王の言葉に静かに頷くワイゲル。

 彼の報告でかの国には非は無いであろうと判断し、今後の警戒を怠らないようにすべきと進言しこの場を収める。

 すると国王はため息を吐いてから顎に手を当てて口を開く。


 「争いごとにならなかったのは僥倖だが、では犯人は、という話になる。安心して眠れぬのう」

 「……ゴブリンロードを倒した少年が考察するには闇夜にジャンクリィの紋章が入った装備をゴブリンに着せて襲わせたのではと」

 「言っておったな。だが、解せぬのは――」


 そのメリットがゴブリン達にあるのかどうかだと口にする。

 『人間の同士討ちを狙う』にしても不明瞭で、そもそも焚きつけなければ派遣隊が来ることは無かったはずなのだと。


 それはワイゲルも考えていた。だが――


 (自分たちの食料を増やすために誘い込んだと考えれば辻褄は合う。

 疲弊した我々を後から襲うという展開が見えるからな。

 問題はそれをゴブリンロードが考えたのかどうか、というところか……。ワシは戦っておらんが、相当に狡猾ではあったと聞くからわからんではないが――)


 「どちらにせよ一旦は脅威が取り除かれた。部隊を結成して森と山の調査、また商人や旅人が通過する際の安全を確保できるよう、冒険者ギルドと連携を取るのだぞ」

 「ハッ」


 国王との謁見が終わるとワイゲルは自分と同じ各部隊の騎士団長と意見を交換して対策を話し合い、本日の業務が終了した。

 今日はリンカも屋敷でくつろいでいるはずだと、ケーキを買って軽い足取りで帰宅。


 「戻ったぞ」

 「お帰りなさいませ旦那様」

 「うむ。ドーラとリンカは?」

 「リビングにて談笑されておりますよ、お菓子ですか? お預かりします」

 「頼む」


 上着とケーキをメイドに渡してワイゲルはリビングへ足を向ける。

 にぎやかな声が聞こえてくると、自然とワイゲルの頬が緩む。


 「ただいま、二人とも」

 「あ、お帰りなさいあなた」

 「お帰りなさいワイゲル様」

 「家ではおじさんで構わんのだぞ」

 「あ、そうでした。申し訳ありません」

 

 出会った時からそうだが、リンカは固いなとワイゲルは苦笑する。

 喋りとかそういう部分ではなく、全体的な雰囲気が。

 両親を早くに亡くし、叔父の陰謀に巻き込まれたのであれば人を警戒するのは仕方がないと考えているが、今のように徐々に変わってくれないかと思っている。


 「あなた、リンカちゃんがホイット領の経営についてお話があるそうですよ」

 「なんと。確かに先日ワシが愚痴っておったが」

 「ええ、独自に調べた結果ですが、畑の割合が――」


 リンカは12歳ながら商売や経営についての知識が凄く、アルバイトをしているパン屋や、今のように領地経営のダメ出しなども行っている。

 他にも薬の知識やトイレの改装など、新しい知識を披露することもあるのでこのまま自分の家の養子になって婿でも取ってくれれば危険な冒険者などせずとも良いとワイゲルは頭を痛めていたりする。

 ワイゲルの息子はすでに結婚して自立しているので家に子供が残っていると嬉しいというのもあるが。


 「お茶が入りましたよ」

 「わ、これはレ・チャロンのケーキ! 木の実を上手く使っていて美味しいんですよね!」

 「ふわっはっは、リンカも甘いものには目が無いのう」

 「あ……へへ……」

 「ほらほら、意地悪を言わないでいただきましょう」

 「そうじゃな」

 

 甘いものはワイゲルも嫌いではないのでお茶と一緒に口へ。仕事をした後は甘いものに限ると思っていると、妻であるドーラがクスクスと笑いながら告げる。


 「どうもこの子ったら好きな人ができたみたいですよ」

 「「ぶー!?」」

 

 ワイゲルとリンカが同時にお茶を噴出してげほげほとせき込む。

 しばらくせき込んでいた二人だが、ワイゲルがわずかに早く復帰してリンカへ詰め寄った。


 「だ、誰だ!? パン屋で来る客か? それとも騎士の若い奴か!?」

 「落ち着いてくださいあなた。どうもこの前遠征に出た際に会った子みたいで、ずっとその子の話ばかりしているんです」

 「お、おばさま! ちょ、ちょっと気になっただけですから!」

 「あ、あいつか! ……名高いアルバート将軍の孫と言っていたが……」


 ――ライクベルンはキナ臭いと目を細める。


 夫にするには申し分ない家柄だが、なぜこんなところで冒険者をやっているのかが引っかかっていた。

 リンカを救ってくれた人物で神の魔法であるベルクリフも使えるのだが――


 「あんな小僧に大事なリンカはくれてやれんわい!」

 「お、おじさま? ……多分、もう会うことはないでしょうし」

 「……むう」


 少し残念そうに言うリンカに渋い顔をするワイゲル。

 現実問題としてもう出会うことはないという言葉に頷きつつ、その後は他愛のない話に花を咲かせていた。


 しかし、ある日――


 「旦那様、奥様、ジュノワール様がお見えになられていますが……」

 「なんだと……?」


 ジュノワールとはリンカの叔父で、彼女から家と財産を取り上げた人物。

 名を聞いただけで苛立つのが分かるが、無下にもできないかと通すようにメイドへ指示を出した。


 程なくして応接間へ向かうと、タレ目がちな茶髪の男が嫌らしい笑みを浮かべながら恭しく礼をする。


 「これはワイゲル様、お久しぶりでございます」

 「ふん、リンカを放逐しておいて4年か? よく顔が出せたな」

 「わたくしも忙しい身でして……それでリンカは?」

 「今は仕事に出ておる」


 ワイゲルが座るように手を動かし、彼がタバコを取り出しながらソファに座ったのを見てジュノワールも席につく。

 そこですぐに本題へと入った。


 「実はリンカにいい話があってこちらへ来ましてね。フリア家はご存じでしょう?」

 「あの、金が大好物のブタ一家か。それとリンカのいい話となんの関係がある?」

 「ははは、手厳しいですね。あの家の次男が嫁を探しておりましてね、そこでリンカをお見合いの席に出してみようかと」

 「……!? 貴様、正気か! あそこの次男はもう30近いはずだ、リンカはまだ12なのだぞ!」


 激高してテーブルを殴りつけるが、ジュノワールは涼しい顔で肩を竦めて話を続ける。


 「まあ、流石に若いとは思いますがそういう事例が無かったわけでもありません。それにリンカを嫁に出せばあの土地に生息する『ジュエリマッシュルーム』を格安で取引してくれるのですよ」

 「リンカを売るというのか?」

 「いえいえ、両親を失ったリンカに家族を作ってあげようかと思いましてねえ。4年間友人の子を面倒見ていただいたワイゲル様にはもちろん相応の礼はさせていただきます」


 にやりと下から見上げるように目と口を歪めてそんなことを言う彼にワイゲルは胸中で舌打ちをする。

 リンカが悪いからと断って来た養子話を強引にでも進めておくべきだった、と。

 

 今の状態では保護しているという名目のみなので、4年放置していても身内が迎えに来たと言えばそちらが優先される。

 成人であれば個人の考えが一番になるのだが……


 (あえてこのタイミングだろうな。さて、あの豚領主に嫁がせでもしたら殆ど奴隷のような生活になるのは明白。女性だらしないのも問題じゃな)


 血のつながりはないとはいえ、友人の一人娘だ。

 指をくわえてこいつの言いなりにはなるまいと頭を捻らせる。


 「……リンカには想い人がおってな、悪いがそちらと婚約を進ませるつもりだ」

 「ほう、どこの馬の骨か分からぬものに大事な姪をやるわけには――」

 「貴様このワイゲルを相手にふざけているのか? 大事な姪であれば政略結婚になど出せるはずもあるまい」

 「ぐ……」

 「どちらにせよ、4年も放置していたお前がノコノコやってきて勝手に話を進めることは許せん。リンカは間もなくその男を追うことになっている」

 「ど、どこの人間なんですかねえ」

 「ライクベルン王国はアルベール将軍の孫だ。もし強引な手で引きはがそうものなら……どうなるか分かっているのだろうな?」

 「リンカはウチの血筋だ、そんな勝手なことを――」

 「勝手をしているのはどっちだ! 目ざわりだ、消えろ!」

 「ひっ!?」


 テーブルを殴り壊した様を見てジュノワールは飛び上がり、慌てて出口へと向かう。


 「必ずリンカは返してもらいます。また来ますよ」

 「消えろゲスめが!」

 

 ジュノワールに怒声を浴びせると、彼はすぐに姿を消し、場にはワイゲルだけが残された。


 「とりあえず怒りに任せて追い返せたがこちらが不利……。嘘を真実にするしかないか――」



 ◆ ◇ ◆



 「……今までありがとう、ございました……」

 「泣くなリンカ。二度と会えないわけじゃない」

 「でも、おじさま達はあの男になにかされたりしないでしょうか……」

 「預かっていただけ、という形は変わらん。お前は幸い冒険者だ。旅に出たとしても不思議じゃないからのう」

 「はい……」


 ――ワイゲルは即日、リンカを旅に出すことに決め、夜の間に説得した。


 荷物はある程度軽くなったものの、お金は持たせているので不自由はしないだろう。

 リンカの懸念はワイゲル達がなにかしら不都合を受けるのではというものだったが、ワイゲルはみなしごになった女の子を屋敷で暮らさせていただけだから問題ない……という形にするそうだ。


 「そもそも4年も放置していた人間が今更って感じですもの! 陛下にも話をしておきましょうよ」

 「そうだな……ほとぼりが冷めて……成人したら顔を見せて欲しい。それと、別にあの小僧を追わなくてもいいんだからな?」

 「ふふ、でもやっぱり気になるのでアルフェン君を追ってみます。特にやりたいこともないですから」


 寂し気に笑うリンカを夫妻が抱きしめ、涙を流す。

 

 (神よ、これ以上この子に不幸を与えんでくれよ……)


 そしてリンカはワイゲルが一番信頼できる人間と一緒に馬車に乗り込み出発していく。


 (……また、必ず会いましょうお義父さん、お義母さん。ジュノワール……いつか貴様には礼をさせてもらわねばならんようだな。アルフェン……迷惑だろうか? それでも頼れる人は少ないし、まずは話してみよう)


 まだ日数的にはまだアルフェンに追いつけるかと希望を込めて――

 


 ◆ ◇ ◆



 「なに……リンカが旅立っただと?」

 「ハッ、なにかしら動きがあると見張っていましたが早かったですね」

 「ふん、当然だな。そのために私がわざわざ出向いたのだから」

 「なるほど、左様でしたか。いかがなさいますか?」

 「当然、追跡だ。一度屋敷から離れればこちらのもの……フリア家に連れて行ってしまえばいい。あとは奴らに任せて後は私の懐が、とな。くく……」

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