163.国境へ!


 ――よほど疲れていたのか目が覚めたのは昼前だった。

 何故かロレーナが横にある椅子に座ってにこにこしながら俺と布団の上で丸まっていたクリーガーを眺めていてちょっと気恥ずかしかった。


 着替えて昼食と朝食を同時にいただくと、準備を終えて庭へと向かう。

 すると腕を組んで仁王立ちしているヴィダーと目が合った。


 「もう行くのか?」

 「魔物の大量発生でライクベルンへ行けなかったから手伝ったけど、実際には遠回りをしたわけだし」

 「そうか……」

 「また遊びに来るから覚えておいてくれよ」

 「……! う、うむ、当然だ、また来るといい」


 ヴィダーが仏頂面のまま声色だけ若干嬉しそうな感じでそんなことをいい俺は苦笑する。


 「きゅうん!?」

 「わふわふ」


 クリーガーも番犬と最後の挨拶を済ませるため庭に放っていたが、もみくちゃにされていた。

 毛がバサバサになりながらも、満足そうなクリーガーを抱き上げていると、オーフとロレーナが声をかけてくる。


 「わ、番犬が集まってる……クリーガーちゃん人気だねえ」

 「きゅんきゅん♪」

 「まあ、こいつ可愛いからね。お見送りしてくれるのか?」

 「そういうこった。気を付けていけよ? 故郷だとはいっても、こっちじゃキナ臭い話が多いからな」


 オーフのでかい手が俺の頭をくしゃりと覆い、ニカッと歯を出して笑う。

 俺も笑いながら頷き、握手代わりに拳を合わせてから馬車へと乗り込んだ。報酬は今朝早くにフェイバンから頂いているので収納魔法に入れてある。


 ゴブリンロードへのトドメとセラフィムによる回復が功労者として名があがり、金額が上乗せされ、しめて50万の金を受け取っていた。

 しばらく不自由ない生活ができそうだ。

 

 「また寄っておくれ。これは私からのお礼だ、使ってくれ」

 「これは?」

 「君が欲しがっていたものだ、外で使うといい。達者でな」

 「ありがとうございます。はい、ベリモット様もお元気で! それ、頼むぞ」


 馬一頭に簡素な荷車が付いた簡単な馬車がゆっくり進みだす。

 馬だけでも良かったんだが、体が小さいためグラディスみたいにカッコよく乗りこなせないし、落馬したら洒落にならないのでこの形を取った。


 町中を抜けて北の門から外へ。

 門番へライクベルン方面の道を尋ねてから北西へ進路を取る。


 「……なんか、慌ただしかったなあ。オーフもロレーナもいいやつだったし、落ち着いたらお礼に来るか」


 ……兄妹やフェイバン、ベリモット氏達には俺が『ブック・オブ・アカシック』を持っているという噂を流してもらうように伝えている。

 願わくばこれが爺さんの耳に届くといいのだが……もしくは黒い剣士でも構わない。


 「きゅん!」

 「ん、魔物か。よく気づいたな偉いぞ!」


 俺は御者台から無詠唱のファイヤーボールを放ち、撃退していく。

 守る者が居ないとそれはそれで楽だな、などと寂しいことを思いつつ俺は馬車を走らせていく。


 ◆ ◇ ◆


 「良かったのオーフ?」

 「なにがだ?」


 我が愛する妹が怪訝な顔で俺を上目遣いで見ながら疑問を投げかけてくる。

 いつからか『お兄ちゃん』とは呼んでくれなくなったなあ。

 

 それはひとまず今後の課題として、聞きたいことについて返してやるとするか。


 「それはアルフェンと一緒に行くべきだった、とかそういう話か?」

 「うんうん。ライクベルンが危険だって分かっているのに行かせちゃったのが不思議だなって。結構、気に入ってたでしょ?」

 「まあな。この後、追うくらいにはな」

 「あ、そうなんだ? なら一緒にいけば良かったのにー。クリーガーちゃんをもふもふしたかった!」

 「あいつの周りはなにかと物騒だ、世話になった礼にそのあたりを払拭してやろうかってな。ひとりにしておいた方がなにか起こるだろうよ」


 あいつは俺から見ても年齢の割に一人前の男だ。

 しかしアルフェンの運の悪さは筋金入りで、復讐を謳うくせにお人よしときたもんだ。

 

 一緒にいればトラブルは回避できそうだが、それだと根本的な問題は解決しない……ような気がすんだよな。

 だから後から監視しておかしな奴らが現れたらバーンと救出しようってわけ。


 「そうと決まれば早速出発ー!!」

 「半日待てって。街道で後を追うと目立つからな。夜中に出発するぞ。その間に準備を怠るな?」

 「はーい。アルフェン君の収納魔法、便利だったなあ。火薬、追加しておきますか」


 妹は鼻歌を歌いながら町へ繰り出していく。さて、俺も準備といきますか――

 


 ◆ ◇ ◆


 「うおおお、町だ! 町が見えたぞクリーガー!」

 「きゅきゅーん!」


 ――そんなこんなで四日ほど移動と休憩を繰り返し、俺はついに国境付近の町へと到着した。

 見張りが居ないもんだから休むのをどうしようかと考えた末、昼間に眠り夜中に進むという手段を取った……のだが、実はベリモット氏から渡されたプレゼントはなんと魔法のコテージ。

 

 もちろん80万もするようなものではなく、一人用のものだったが馬一頭入れても問題ない大きさだったので十分すぎるものだ。

 お値段は30万くらい……と思いたい。どうしてこんな高価なものをくれたのかと思ったが、ヴィダーの暴走を回避してくれたお詫びとのこと。

 もし、港町で誘拐が発覚していたらとんでもないことになっていただろうと手紙が添えられていた。


 ……まあ、魔物との戦いでもらったことをすっかり忘れていて昨夜だけそれを使ってゆっくり休むことができというわけだ。

 そんなわけで俺とクリーガーと馬は結構くたびれていたりする。

 

 ちなみに魔法のコテージは魔道具というものらしい。

 こういった不思議で便利な道具を作るのを生業にしている人や組合がある中央大陸独自の文化のようで、高額ながら一般人でも入手できる道具だそうだ。

 なんか楽しそうなのでいつかやって作る方をやってみたい気もする。


 「……まずは爺さんと婆ちゃんの生存確認からだな」


 俺は気を引き締め、あと一息にまで迫ったライクベルンの国境付近の町へと足を運ぶのだった――

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