162.出発前夜


 「ふう、やっと帰って来たな」

 「きゅーん」

 「うふふ、クリーガーちゃんの毛もくたびれちゃってるわね。しっかり洗わないと」


 行軍が終わり、俺達は無事に町へ帰って来た。

 往路と違い復路は魔物と戦うことが殆どなく、ほぼゴブリンロードのせいで混乱状態になっていたのだということで収束できそうな予感だ。

 山に居たのもそもそも、ウォルフ族がいるから拠点に山を選んだとも言えるしな。

 ザイクの親父さん普通にキン〇バスターとかやってたし、多分ウォルフ族だけで戦っても勝てなくは無さそうだ。犠牲は覚悟しないといけないかもだが。


 ゴブリンロードについても考察は色々とあるんだが――


 「ではここで一泊したのち、王都へ戻る! みなよく頑張ってくれた。食事もこちらもちで持つ。もしすぐに旅立つ者が居ればベリモット家に来てくれれば報奨金を渡すので申し出て欲しい」


 ――とりあえず休むことが先決らしいので、500名から少し減った部隊は重い身体を引きずりながらこの場を解散していった。

 メンバーが死んだ人も少なからず居るからな……復活の魔法やアイテムなどが存在しない世界なので、悔しいが受け入れるしかない。

 もしそういったものがあるなら、俺は死に物狂いで探して両親たちを蘇らせるだろう。

 ないものねだりはできないが、遺体を持っていく冒険者や兵士を尻目になんとなく寂しい気持ちになり、すぐに二人へ向き直る。


 「オーフとロレーナはこれからどうするんだ?」

 「んー? 俺達ゃしがない冒険者だ、また適当に依頼を受けて金稼ぎってな」

 「そうそう、一緒に行くー? ……って、ライクベルンへ戻るんだったっけ」

 「まあね。それにしても二人は二つ名がつくだけあって強かったな。やっぱり小さいころから修行を?」


 俺がそう尋ねると、ロレーナが困った顔をする。

 なんかまずいことを聞いたのかと思ったのだが、オーフが口を開く。


 「……まあ、俺達は捨て子だったから生きるのに必死でよ。強くならなきゃいけなかったんだ、このアホ妹のせいでなぁ!」

 「なにおぅ!? わたしが居なかった食べられる木の実が分からなかったくせに!」

 「肉を食わせてやったのは俺だろうが! そのくせ乳は成長しなかったがな」

 「並みはあるわい!」


 お互いの過去でなにか触れたのかいきなり言い争いを始め、周囲の人がこちらを見てクスクスと笑っていた。さすがに往来でそれはないだろと俺は二人の間に割って入る。


 「ちょ、恥ずかしいから道端で喧嘩するなよ!?」

 「「オッケー」」

 「なんだよ!?」


 この二人も苦労している生い立ちか、仲がいい理由がなんとなく分かった気がするな。

 ま、不幸なのは俺だけじゃないってのは分かっているつもりだ。

 そうだな、もし国王になることになるならその時は、困っている子供を救済できるような措置を取るのもいいかもしれない。

 エリベールなら賛成してくれるだろう……俺は離れた恋人を想いながら、二人と共にヴィダーの屋敷へと向かう。


 ◆ ◇ ◆


 「そうか、脅威は去った。それが分かれば私としては胸を撫でおろせる」

 「ま、ベリモット様の進言で討伐作戦が決行できたのもあるし、良かったと思いますぜ。とりあえずこれで契約は完了ってことで?」

 「うむ、名残惜しいが助かった。このバカ息子の件も含めてな」

 「ぐ……す、すまなかった。獣人兄弟は森へ帰れたか?」

 「ああ、親と出会って森へ戻って行ったよ」

 「そうか……」

 

 ヴィダーが頭を下げさせられながら謝罪を口にする。親父さんの前以外でも素直に慣れれば友人は出来そうなので頑張ってもらいたいものだ。根はいい奴だし。


 ベリモット氏への報告が終わると、俺達は部屋を用意されて休むように言われる。食事などはフェイバンが言うようにどこかしらでただ飯が食えるみたいだが、別契約ということもあり、風呂と飯と寝床を提供してもらえたわけだ。


 「きゅーん♪」

 「なんだ、風呂好きになったのか? ドライヤー代わりに風魔法で乾かしてやるかなあ」

 <多分、キレイになって褒められたのが嬉しかったんですよ>

 「現金な狼だな……でもこれでいよいよライクベルン行きが決定だな」

 <ええ。ベリモット様が馬車をくれるというんですから太っ腹ですよ!>

 「馬の世話が大変だけどな。仲良くやれよ?」

 「きゅん!」

 

 そんな調子で一息ついた俺は飯を食った後にどっと疲れが出たのかあっさりと眠りについたのだった。


 ◆ ◇ ◆


 「よう、オーフ」

 「フェイバンか、仕事は終わったのか?」

 「ああ、流石にこの時間はもう店じまいだよ。お、エメラルドウォーリアか俺にも一つ頼む」

 

 薄暗い静かなバーでオーフが飲んでいると、フェイバンが時間通りといわんばかりに隣に腰かけて鮮やかな色をした酒を注文する。


 店員から受け取ったグラスをカチンと合わせてから一口飲んだ後に小さく息を吐いてから喋り出す。


 「今回は助かった。お前達兄妹がいたおかげで犠牲が少なかった」

 「はっ、ベリモット様からの依頼だったしな」

 「逆だ。お前達が参加していなければ俺も少し考えたぞ」

 「買い被るなって、俺達ぁしがない冒険者だぜ? それに、とどめを持っていったのはアルフェンだ」


 オーフがアルフェンの名を口にしながら酒を一口飲むと、フェイバンが難しい顔で口を開いた。


 「まあ、そうだな。あの剣はどうだった? ロレーナしか触っていないが」

 「やべえ代物だってことくらいしかわからねえなあ。俺の『ディストラクション』よりもな」

 「そこまでか。あ、いや、ゴブリンロードの首を切断するくらいだしな」

 「そこよ。腕力は間違いなく俺が上。俺の剣でもあれくらいはできるが、あそこまでキレイに切断できるかといわれりゃノーだ」

 「さすがはアルベール将軍のお孫さんというところか」


 フェイバンが感心するが、オーフは違うようで一気に酒を飲みほした後に指を突き付けてから口を尖らせた。


 「そうじゃねえよ。あいつはイークンベルに行きついてからずっと爺さんとは会ってねえんだ。剣の強さと才能はともかく、アルフェンが生きて努力してきた結果なんだよ、誰かの息子だとか孫とかで決めるんじゃねえ」

 「フッ、そうだった。お前はそういうのを嫌うんだったな」


 フェイバンが肩を竦めて笑い、同じく酒を一気に飲み、神妙な顔をする。


 「……一度、お礼と称して王都に連れて行けないだろうか? アルベール将軍の連絡がない、というのがどうにも気になる。欠損すら治す力……みすみすライクベルンへ戻すのは危険すぎる気がするのだ」

 「ふん、あいつは頑固だから多分もう聞かねえよ。この町や作戦に参加するのも渋っていたくらいだから早く戻りたいだろうさ」

 「むう……ライクベルンの情勢も調査したいのだがな。誰かついていかせていきたいが――」

 「……こりゃなんだ」

 「これでどうだ? 一緒に行かなくていい、陰からこっそりついていくということで」

 「金を積まれたら仕方ねえな」

 「くく、そうじゃなくてもついて行こうとしただろお前は。あいつは昔のお前にちょっと似ているからな」

 「ふん」


 オーフは重い革袋を手に鼻を鳴らすのだった――

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