141.遭遇戦


 ライクベルンの話を持ち出した彼等はさっきまでのテンションはどこへやら、宿へ戻ると神妙な顔で話し始めた。


 「ライクベルンにはどういう理由で戻るんだ?」

 「故郷だよ、ちょっと旅に出ていたから帰るところ。出身があそこなら大丈夫だと思うんだけどどうだ?」


 オーフが腕組みをしながら尋ねて来たので、嘘は言わずに聞き返してみる。

 外国人がダメでも『行方不明だった子供』なら通してくれる可能性が高いはず。

 なのでこのまま突っ切っても問題ないと思うが?


 「んー、国の出身者なら大丈夫かな? でも、故郷でもおススメはしないけど」

 「それ、ずっと聞いているけどなんでだ?」

 「……向こうからこっちへ来る人間によると、随分遠征訓練が多いらしい。まるでなにかと戦うことを想定しているような感じだと」

 「戦争、か? でも、爺さん達も陛下もそんな感じはしなかったけどな……」

 「おじいさん?」

 「ああ、いやなんでもない」


 ロレーナが首を傾げてそう口にしたので俺は適当に誤魔化しておく。

 それにしても軍拡とはまた驚いた。

 確かに爺さんは他国や自国の領土への遠征が多かったけど、それは牽制の意味合いが強かったからだ。

 戦いを自分から仕掛けるのは陛下が良しとしないため、あくまでも国同士の協力だな。

 あ、でも初めて屋敷に爺さんが来た時にキンドレイト王国がキナ臭いとか言ってたような気がするからそっちか?


 「キンドレイトはどうなっているか分かる?」

 「おっと、急にどうした? あー、確かにあっちとの戦いを想定しているのはあるかもしれねえな。だけど俺達ゃあっちの方までは聡くねえ、悪いな」

 「いや、なんか不穏だってのが分かっただけでも助かった」

 

 俺が礼を言うとオーフが歯を出して笑いながら言う。


 「まあ、冒険者同士ってのは持ちつもたれつだからな。あともう一つ、最近魔物が活発化しているからそっちの対応策かもしれねえ。戦争とは限らねえけど、まあ不穏なのは変わらんな」

 「魔物は倒せばいいけど、人間は『えい♪』って殺すのは難しいからねえ。遺恨とか残るし」


 そりゃ戦争でもないのにいきなりやらかしたら残るわ。

 それはともかく魔物ね。

 学校に行っている時はギルドの依頼以外であんまり戦うことは無かったけど、グラディス達のところへ行く時やここに来るまでにしばしば戦闘することが増えたので気にならないし、見たことが無い魔物を見るのはワクワクする。


 ただ、戦争準備と聞いて思い当たるのは俺の家を強襲したあいつらを探しているか、もしくは次にそうならないようにしている、とか?

 爺さんならやりかねないし、できれば便乗してやりたいと思う。


 まあ、しょっぱなの印象は最悪だったが、この冒険者二人はなかなか面白い奴らだったと思う。


 それに引きかえ――


 「……あんたは空気だったな。オーフもロレーナも」

 「う、うるさいぞ! 冒険者事情など知らないからな! というか年下のくせに生意気な!」

 「そういう態度がダメなんだって」


 うーん、なんでまたこんな性格なんだろうな?

 まあ、イワンがこういうタイプだったから気にはならないけど、あいつは親父さんが捻くれてたから後で矯正できたパターンだ。

 こいつの両親はいい人だってギルドの受付が言っていた気がするから学校で歪んだとかそんな感じもする。


 「まあ、友人ができることを祈っておくよ。俺の友達もヴィダーだっけ? あんたみたいな人も居たから多分ちょっと友人に寄り添うだけでできると思うけどな」

 「そ、そこのところをもうちょっと聞かせろ!」

 「……もう遅いからまた今度な!」

 「あ、もう二度と訪れない『また今度』だ」


 ロレーナが余計な事を言う中、俺は部屋を出る。

 正直、歳も近そうだしあいつらが友人でいいんじゃないかと思うんだが、雇用者だとそうはいかないのだろうか。


 それはさておき自室へと戻ってからベッドへ寝転がって考えてみる。

 話を聞いて臆すると思ったのかもしれないが、逆に早いところ戻った方が良さそうだと判断する。

 手紙も送っているし、俺だと分かればすぐに通してくれるだろう。


 「さて、寝坊しないようにしないとな。リグレット、やばそうなら起こしてくれよ?」

 <すぴー>

 「寝てんのかよ……いや、毎回思うけど寝なくて良くね?」


 俺の意識から作られているやつはよく寝ている。

 が、きちんと朝は起きているので体内時計とはこいつのことなのかもしれない。適当だが。


 そして翌朝、乗り場へ向かった俺はそのまま馬車へと乗り込んで出発。

 意外にも邪魔は入らず、すんなり出発。

 

 そして特に問題なくいくつかの町を越え、国境付近の町まであと数日というところで――


 「……なんか嫌な気配がする」

 「鳥が……! これはマズイんじゃないか」


 同乗していた護衛の冒険者がヘルムのフェイスガードを下げながら得物に手をかけて御者台に移動し、俺も森の方へ目を向けて臨戦態勢を取る。

 馬車は速度を上げて場を離れようと先を急ぐが、町まではまだ数時間かかるらしい。


 しばらく様子を伺っていると、足音が段々と近づいてくるのが分かり、そっちへ目を向けると、驚く状況に目を丸くする一同。


 「い、犬?! いや、狼か!?」

 

 真っ白な狼が物凄い勢いで、さらに大量の数を引き連れて走って来ていた。

 いやいや、これはただ事じゃないぞと迎撃撃つ準備を始めた俺達だが、様子がおかしいことに気づいて大声を出す。


 「待ってくれ! こいつら、俺達が狙いじゃないみたいだ!」

 「な、なに?」


 数百頭は居る白い狼たちはなにかに追われるように逃げているように見え、その予想は的中し、狼たちは俺達の馬車をスルーしていく。


 「このまま移動しろ! こいつらフェンリアーだ、こいつらが集団で逃げているってことは、相当の大物がくるぞ……!」


 冒険者が叫ぶ。

 ここで終わればいいのだが、狼達も、もちろん『逃げている』のだからなにかが『追いかけている』のは当然で――


 「ガァァァァ!」

 「なんだありゃ!? 大蛇!? ……にしちゃ鱗がでかいな!」

 「げ!? ドラゴンスネイルかよ!? あれは面倒臭い」

 「ドラゴンスネイルって?」

 「鱗がドラゴンみたいに硬い蛇でな、剣で戦うのは面倒臭いんだ、フェンリアーも強い魔物だが相手が悪い」


 「ぎゃうん!?」

 「ああ!」


 見れば丸のみにされている狼も居てなかなか痛々しい。

 しかし自然の掟は厳しいので、こういうこともあるのだろう。


 だが、そこで俺は思いがけない光景を目にすることになる。


 「ひゅーん……ひゅーん……」

 「シャアア!!」

 

 押しつぶされて死んでしまったらしい狼の近くで子狼がか細く鳴いていた。

 そんな子狼に襲い掛かろうとしたドラゴンスネイル。

 

 「こいつ!!」

 「お、おい、坊主!?」


 カッとなった俺は馬車を飛び降りながらファイヤーボールをぶっ放していた。

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