126.グラディスの家
「こんにちはー」
「む、その声はアルフェンか……!」
前に来た時、呼ばれた家の扉を叩いて挨拶をする。
中からグラディスの声とバタバタした足音が聞こえてきてすぐに目の前の扉が開くと、久しぶりの顔と角が出迎えてくれた。
「よく来たな、二国の会談以来か」
「だな、元気そうでなによりだよ」
「それは俺のセリフだぞ。さ、上がってくれ」
グラディスは相変わらずの仏頂面だが口元がわずかに緩んでいて、俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。こいつがこういうことをするということは結構テンションが高い証拠である。
「あ、いらっしゃいアル君!」
「お久しぶり、イレイナさん!」
あの時ニーナ達を助けてくれた魔人族の女性で、グラディスの恋人……いや、もう奥さんになったイレイナが出迎えてくれ俺を抱きしめてくれた。
「ん?」
なにか違和感がと思っていたらイレイナのお腹がぽっこり膨らんでいた。
どうやらおめでたみたいのようで、俺は彼女の顔を見ながら尋ねてみる。
「赤ちゃん生まれるのかい?」
「そうそう! もうすぐだって! さ、座って座って♪」
「お、おい、あまり動くなと言っているだろ」
魔人族特有の腕力で軽々と持ち上げられた俺はでかい椅子に座らされ、二人も席につく。
グラディスを見る限りイレイナは妊娠しているにも関わらず元気に動き回っているようだ。
まあ、無理をしない程度に動く分にはベッドにずっと寝ているより健康でいいんじゃないかと思うけどな。
あの戦いを振り返る話をしながらお互いの近況報告で盛り上がる。
グラディス達がツィアル国を監視していた村はもう放棄してこっちに戻って来ているのだそうだ。
で、今回の功績が認められたグラディスは城勤めになり一気に出世した形になったとのこと。
「おかげで子供を育てる環境が良いものへと変わった。この家もそのうち引き払ってもう少し広い家に変える予定だ」
「へえ、いいじゃないか。グラディスは最後まで頑張ってたし、報われたな」
「うむ。それで相談なのだが産まれてくる子供に『アル』の言葉を使わせてもらえるだろうか?」
「え?」
「男の子なら『アルド』。女の子なら『アルナ』って感じなんだけど、どう!?」
「いや、どうって言われても……!?」
イレイナがその気みたいで詰め寄ってくる。
俺としては両親がつけてくれた名だし『アル』という部分も、養子先であるフォーゲンバーグ家に親しまれているため誇らしいと思っている。
それを子供つけてくれるのは、嬉し恥ずかしな感じがあるものの名前に一部を使ってくれるというのは悪くない。
「うん、いいよ。別に俺に断りを入れなくてもいいのに」
「いやいや、ツィアル国を救った英雄だよアル君は! 拝まないと」
「やめてくれ……」
俺の前で満面の笑みを浮かべるイレイナにため息を吐く。
そこで俺は『英雄』という言葉を聞いてグラディスへひとつ聞いてみた。
「そういえば魔人族の『英雄』って『魔神』だっけ? 今どこにいるんだろう」
「ん? 急にどうした? ああ、まあ自分で名乗るヤツは殆どいないから他称ではあるがな。彼等は強さを求めるが故にそう呼ばれるようになった。すなわち世界中を旅しているということになるな」
「あー、なるほどね」
一つの種族、国、戦闘技法だけでは井の中の蛙というやつになるからか。
国で最強を誇っても他の国にもっと強い奴がいるかもしれないし、自分にあった戦い方が実は他国の技法だった、みたいなのはありそうだ。
「ただ、戦うためだけってのは違和感があるけどな。国を治めるためとかじゃないんだ」
「大昔の人族で名を聞くラヴィーネという者は国を守るために戦ったとされているぞ。今の世の中キナ臭いが戦争にまで踏み切っていないから、ランク100を越えるような研鑽を積むものはそういないのだろう」
やはりラヴィーネ=アレルタの名は出るのか。
カーランが『現存している』と言っていたが……
「そのラヴィーネが生きている、という話は聞いたことあるかい?」
「やっぱり男の子ね。『英雄』に興味があるの? うーん、流石に生きてないんじゃない?」
「なにか気になることでもあるのか?」
「ああ、知らないならいいんだ。変なことを聞いて悪かったよ。ウチの爺さんがそれくらいになっていたらしいからさ。それに教えてもらえるなら剣を教わりたい気もする」
「確かにアルフェンなら覚えもいいだろうしな」
グラディスが口元を緩ませて頷くのを見て、男の子が産まれたら剣士だろうなと胸中で苦笑する。
カーランとの会話でグラディスは居なかったから生きているという経緯は知らないし、巻き込むのも悪いので適当に切り上げて置く。
とりあえず今後、俺が取る手段が一つ決まった。
あいつの話だとラヴィーネは『ブック・オブ・アカシック』を探しているというので、ルイグラスのところに寄ったあと、適当な商人やギルドの冒険者、商店といった人が集まりそうなところで『アルフェンという人物が『ブック・オブ・アカシック』をもっている』という噂を流してみようと思う。
あまりおおごとにしたくない本ではあるが、知っている者がなぜか多いこれをダシにして、旧時代に生きていた英雄と接触を図ろうと思う。
もちろん教えを乞うのが目的だが、もし力になってくれるなら黒い剣士を倒すためになんかお礼をしつつ働いて欲しいとは考えている。
「アルフェン?」
「ん、ああ、ごめん考えごとをしていた」
「とりあえず今日は泊っていくんでしょ? ニーナちゃん達も呼んでパーティをしましょうよ」
「良かったらお言葉に甘えさせてもらうよ。で、明日の朝からルイグラスのところへ出発だ」
「む?」
俺が手紙をグラディスに見せると、ゆっくり頷いて同行を受け入れてくれた。
そこから部屋を借りて装備を外し、騒がしい彼らの相手をすることに。
「アルの兄貴!」
「兄ちゃんだ!」
「アル君!」
「久しぶりだな! どうだこっちの生活は」
一年ぶりのニーナたちはそれなりにいいものを食べられているようで見違えるほどふっくらしていた。
出会った当初から比べるとディアンドも背が少し伸びたか?
ディアンド達はそれぞれ簡単な仕事をしながら近くの家に住んでいるそうだ。
将来、ニーナとディアンドがくっつく……なんてことになりそうなのは面白いかもしれないな。
「ルークは?」
「ルーナちゃんも居ないよ」
「ああ、今回は俺だけだ。というより長いことあいつらも来れるかどうかだな」
「どういうこと?」
ハクが眉根を潜めて尋ねて来たので俺がここに来た経緯を説明する。
グラディス達も今はじめて知ったので全員が驚いていた。
「……ライクベルンへ戻るのか。一人で?」
「そうなるかな。流石に向こうについたら誰か雇うか、同じ行先の人と旅をするけど」
「帰ってくるよね……?」
「もちろんだ。彼女も居るし、無事に帰らないとな」
「居るんだ、彼女……まあ、アルの兄貴ならおかしくはないけど」
「かっこいいもんね」
ニーナがころころと笑い、みんなもそれに釣られて笑う。
その晩は屋敷でやったパーティと同じくらい盛り上がり楽しい夜を過ごせた。
あの時、グラディス達に救出されなかったらと思うと本当に良かったよ。
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