125.旅の開始


 「アル坊ちゃん、お気をつけて!」

 「またな! みんなによろしく!」


 馬車でここまで送ってくれた使用人、ピオンに船から手を振って出航。

 帰りは適当な冒険者を雇って帰るらしい彼ともここでお別れだ。

 ちなみにここまで誰もついてこなかったのは別れが惜しくなるのと、こっそり乗って来そうというのがあり、俺が屋敷での挨拶にしたのだ。


 「久しぶりに一人か。大森林以来だな」

 <そうですね。まあずっと私が居るんですけど>

 「それは論外だろ」


 ドヤ顔が目に浮かぶようなリグレットの言葉に適当なツッコミを入れつつ、港町に降り立つとそのまま乗合馬車とやらの発着場へ向かう。

 カーランが存命していた時は貿易と交流を差し止めるため中止していたらしいが、今では復旧して各町への導線として使われている。


 <お金、殆ど置いてきたんでしょう? 乗って大丈夫なんですか?>

 「まあ……グラディスと合流したらツィアルで依頼でもすれば稼げるんじゃないか?」


 金は心もとないが、歩いて移動する危険に比べればマシというものだろう。

 ギルドから護衛として冒険者も乗り込んでいるため御者もにっこりの仕様のようだ。

 

 「ここから魔人の国、ザンエルドへ行けるのか。ツィアルの王宮からとは別ルートだったからなあ。おじさん、ザンエルド行きは何時に出る?」

 「お、坊主は魔人の国に行くのか、物好きだな。……って、冒険者か。なら納得だ。もう10分もすりゃ出発だ」

 「ああ。あんまり乗り手が居ないんだな」

 「国交が復旧しても誘拐事件だなんだで商人以外は近寄ろうとはしないからな」


 御者のおっさんの説明にそれはあるかもと納得しながら金を払い、簡易的な屋根がついただけの荷台へと乗り込む。

 護衛の冒険者が二人と商人風の男が一人、それと俺を乗せた乗合馬車は程なくして出発。


 ゆっくりポクポクと二頭の馬が進み、町を離れて魔人族が居を構えていた山の方角へと向かっていく。

 基本的にかなり南までいかないと、どのルートを通っても山を越えるかトンネルをくぐるしかない。

 ツィアル国から出発した時はゆうに三日はかかったので、ここからだと五日くらいはかかりそうだ。


 「お客さんが少ないけど採算取れるの、これ?」

 「国がケツを持ってくれるから心配は無用だぜ、坊主。護衛賃金もだよな」

 「ん? ああ、そうだな。ギルド経由でもらえるようになってんだ。しっかし国が正常に戻って良かったよな」

 「だな。一年前とは比べ物にならないくらい待遇が良くなったもんな。なんか悪の宮廷魔術師を倒したのは子供と魔人族の男って話だろ? そいつらに感謝しないと」

 

 ……なんか噂になってるのか。

 どこから漏れたのか分からないけど、名前が知られていないから素知らぬ顔をしておけばいいな。


 「まあ、平和になったならなんでもいいよ」

 「そのとおりだぜ。お前は魔人の国になにしに行くんだ?」

 「人に会いにちょっと……。そういえばずっとこのままザンエルドの王都まで行くのかな?」


 冒険者ギーガに聞かれたことを適当に返し、御者に質問を投げかける。

 色々聞かれても面倒が増えそうだしな。


 「いやいや、とりあえずトンネルを抜けた先の国境にある魔人族の町までだよ。休憩しながらだからこっちの町で二泊してトンネルを抜けるまでがウチの仕事だ。

 そこからは魔人族の町の乗合馬車に乗り換えてくれ」

 「あー、だから料金はそれなりなのか」

 「そういうこった。馬もへばっちまうし、俺達も宿代や飯代が高くつくからな」

 

 ってことらしい。

 危険な仕事だから報酬も悪くないが御者も楽じゃないと笑いながらぼやいていた。

 ある程度は出るらしいが、国がまともになって間もないので節約したいのはみんな一緒らしい。


 「あんたは荷物が多いけど、商人かい?」

 「ええ、向こうには珍しい食べ物や衣服があるらしいので交易にと思いましてね。こっちの食料も向こうでは採れないものがありますしチャンスではないかと」

 「あー、そういやグラディスの服って民族衣装っぽかったなあ」

 「おや、君は魔人族とお知り合いで?」


 おっと、つい口が滑ったか。


 「そんなところ。命の恩人でね、故郷に帰ってたんだけど無事な姿を見せておきたいんだ」

 「へえ、誘拐事件の時にさらわれでもしたのか? 案外、国を救った魔人族だったりしてな! ははは、そりゃねえか!」

 「もし同じ場所が目的地なら商談させてもらいたいですね」

 「そ、そうだな……さて、ひと眠りするかー」

 「おう、魔物が出たら任せとけ!」


 もう喋るのは止めとこう……身バレしていいことって無さそうだしな。

 幸い護衛も居るしのんびりさせてもらおうかね。


 <フラグじゃないですよね……?>


 嫌なことを言うな……その言葉がフラグだぞ?


 


 ――と、思っていたのだがどうやらそれは当たったらしい。

 突然の振動で俺は荷台の壁に頭をぶつけて目を覚ます。


 「どわ!?」

 「おっと、起こしちまったか。魔物に襲われている最中でな、しっかり掴まってろよ!」

 「おお……」


 冒険者の二人組が弓を構えて射る先にはでかいカラスの魔物、ラージレイヴンが旋回しながらカーカーと鳴いていた。

 

 「来るぞ……!」

 「任せとけ!」

 「ガァァァァ!」

 

 でかいカラスが耳障りな声を上げながら急降下して馬を狙う。

 こいつらは死体なら人間を食うが生きている者は餌として見ないので、馬を食うため襲撃してきたようだ。


 一人が顔を屋根から出して弓を撃ち、もう一人が御者台から狙いをつける。

 ただ、馬達は焦っていて、御者のおっさんも目標を逸らそうと蛇行運転に切り替えているので狙いを定めにくいみたいだな。


 「馬が殺されるのは色々と困るし、手伝おうか」

 「剣じゃ無理だ、いいって」

 「いい人だなあんた。大丈夫俺には魔法もある」

 「お……!?」


 俺は御者台から顔を出し、馬達の身体をアクアフォームで包んでやる。

 防御魔法としてはそこまで優秀ではないものの、爪とくちばしの攻撃を多少緩和してくれるし、警戒するはずだ。


 「ガァァァァ……」

 「おお、怒ってるな。さて、あんまり肉は美味しくないけど素材は高く売れるから見せしめに狩っておくか」

 「落としてやるぜ」

 「オッケー、なら援護する。くらえ……<ライティング>!」


 右手に光球を作りだして空に放り投げ、カラス達の目の前で眩しい光が包み込む。


 「ガァァァァ!?」

 「カァアァ!?」

 

 「おおおお! 今だ……!」

 「いけえええ!」


 二人が連続して射かけ、一羽に集中してぶっ刺さると力尽きて落ちて来た。

 残りはそれを見て驚いたのか、あっさりと散開し場に静寂が戻る。


 「ふう……」

 「やるなお前! 傷も少ないし分け前と行こうぜ、なあ!」

 「だな」

 「年若いのにいい腕をしていますね。その素材、私が買いましょう。助けられましたし」

 「はは、飯代ゲットだな」


 一旦馬車を止めた俺達は、獲物を解体していく。

 これくらい能天気な方が気は楽か?

 そう思いながら旅は進み、ザンエルドの国境を越えた町へと到着。


 「気を付けてな坊主!」

 「ありがとよ!」

 「また帰る時に乗ったら会えるかもなー!」


 「では私もここで少し露店を出してきましょうか。ご縁があれば、また」

 「ああ」


 御者と冒険者二人と別れ、商人はこの町で商売をするということでやはり別れた。


 再び一人になり乗合馬車を継いで俺は王都のグラディスの家の扉を叩いた――

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