119.祖父母と本のこと


 <勿体ない……エリベールさん、大きくなったら美人になること間違いなしですよ? 処女だけでも奪っちゃいましょうよ>

 「お前最低だな!? いいんだよ、逆に俺なんかよりいい人と結婚できるだろ」

 <本当に好きな人と結ばれないことになんの意味があるというのか……可哀想に……>


 うぜえ。

 俺は顔を顰めてベッドで寝返りをうち、目を瞑る。

 母さんとの考え方の相違により、不満を抱えたまま部屋に戻った俺はさらにリグレットに不穏なワードを聞き、さらに苛立つ。


 寝るには早いしどうするかな。

 双子と遊んでもいいが、さっきの剣幕で母さんが来ないように言っている可能性が高いので部屋には来ないだろう。

 

 「あ、そうだ」


 俺は帰ってから『ブック・オブ・アカシック』を開いていなかったことに気づき、収納魔法から取り出して開いてみる。

 なんだかんだで【呪い】も解けてツィアル国もなんとかなった。終わって見れば戦果としては悪くないのではないだろうか?


 「さて、と。今後のことでも聞いてみるか……」


 とりあえずこれからどうすべきか、どうなるのかを確認するためにページを開く――


 ‟カーランを倒した後は一度ライクベルンへ戻る必要がある。爺さんが困っている”


 「今度は随分シンプルだな……エリベールの呪いも解いたし、ツィアル国も復興したぞ、これで良かったのか?」

 

 俺が本を掴んで尋ねてみると、やや遅れて文字が浮かぶ。


 ‟……エリベールが生き残ったのであれば、好意を受け入れてやれ。旅に出る前に必ず戻ると伝えるのだ”


 「はあ!? な、なんでだよ……もう、嫌われた後だっつーの……」

 

 ‟大丈夫だ。本来死ぬ予定だった者が生き延びたのでどうなるか分からないが、嫌われることはそうそうない。今後、大きな戦いがあった時に助けになるだろう”


 「『そういうこと』があるっていうのか?」


 ‟ある。だが、どこでどういうことがあるのは教えられない。知れば『それ』を意識してしまい、いざというときに動けないかもしれない可能性を考慮してだ”


 じれったい言い方をするので少々イラッとする。

 というかそもそもの話として、


 「お前は所有者の……俺の知りたい情報を教えてくれる本じゃなかったのか?」

 

 ‟噂と現実は乖離する。そういうことだ”


 要するにこいつは『こういうもの』なのだと言いたいらしい。

 するとリグレットが訝しむように口を開いた。


 <……うーん、それにしてもアル様が求めているとはいえ、人生を決められているような気がしてわたしはあまり聞かない方がいいような気がします>

 「あ、確かに。お前、俺を使ってなにかしようとしているのか?」


 ‟それは誤解である。アルフェンのためになる確定事項と予測の公開しかしていない”


 「不信感しかないな……いや、お前って呪いの本かなにかだろ?」


 ‟失礼だぞ……! ……いや、なんにせよ本来であれば死亡する予定だったエリベールは生き残り、ツィアル国の王も生き延びることができた。

 大幅に歴史が変わった、これは喜ばしいことだと思わないだろうか?”


 「ふむ」


 確かにその通りなのだが、リグレットが言う通り操られている感というものが沸き上がって来たので手放しで喜べない。

 しかし先のことを聞いていろいろと回避できるのはありがたい……

 

 「歴史が変わったってわかるもんなのか……? 未来のことなんて――」


 ‟『ブック・オブ・アカシック』はあらゆる事象から物事を収集する。『こうなるはずだった』可能性は無数に存在し、隣り合っているものだからだ”


 つまり、この本には未来の『結果』がいくつか存在することが分かっていて、かつ、俺がこいつに質問を投げかけて選択肢を分岐させることで複数ある『結果』へ行くわけだ。

 

 なので俺がこの本を頼らなかったらエリベールは死んでいた、ってことになる。


 「よし、とりあえず今はこのままでいい。次に俺の望まない方向になったり、隠し事をしたような痕跡があれば海にでも捨てよう」

 <……これを巡って争うみたいな話もありますしねえ>

 「そうだ。その話も聞かないと。カーランの話だと『英雄』がこの本を狙っているらしいが、なにか知っているか?」


 流石にこの質問をはぐらかすことは無いだろうと思っていたが――


 ‟それについては不明。そもそも根本から違う”


 「は? そりゃどういう――」


 ‟しかし、お前は『英雄』を追うことになるだろう。なぜなら――”


 そう書かれたところで、文字がぐしゃぐしゃになり、まったく読めなくなった。

 

 「どうした? おい、なんかミミズがのたうちまわっているみたいだぞ」


 ‟――か。……たない。しば……く、反の――ない”


 途切れながら文字が浮かんでは消える。

 これは今までになかったので俺は驚いてページをめくるが、すでにあらわれた部分は問題ない。

 となると、今現在なにかが起こっている、らしい?


 ‟ライ――ンへは――す……れ。爺が――”


 そこで完全に読めなくなり、俺は開いたまま呆然とする。

 最後は『ライクベルンへ戻れ、爺』って感じなんだろうが――


 「爺さんになにかあったのか……?」


 ‟エリ……と――子を作……”


 <子作りしろって言ってます?>

 「……気にするな。それより実家が心配になる。手紙はすぐに出したけど、そういや返ってこないな――」



 ◆ ◇ ◆



 ――そして一年後の今、エリベールのことは残念だがこれも運命ということで締めるとして、気がかりなのはライクベルンの祖父母について。

 国交は復活し、手紙もしっかりお届けできる状況になったにも関わらず……祖父母からの返事も迎えも無い。

 

 あの爺さんなら俺が無事だと分かればすっ飛んできそうなものだが、文字通り音沙汰無し。

 ライクベルンが滅んだという話は無いようなので、祖父母になにかあったと考えるべきだと思う。戦闘ランクでいけば負けるはずはないんだが……嫌な予感がする……。

 

 「……」

 「どうしたんだいアル?」

 「最近ボーっとしていることが多いんじゃないか? それでも剣と魔法は容赦ないけど」

 

 学校の休憩中、ラッドとイワンが声をかけてきた。

 忙しくないことが逆に考え込む余地ができてしまうから仕方がない。


 「……学校を卒業したらライクベルンへ行くか、成人まで修行するか悩んでいるんだよ」

 「おっと、珍しくあっさり口を割ったね。……父上から話は聞いているけど、お爺さんのアルベール将軍のところへ帰るんだよね」

 「まずい状況……なのか?」

 「うーん、それが分からないからもやもやするんだ。もしなにかあったのなら早く帰りたいんだけど、戦う必要があるなら今のままじゃまだ弱い」


 俺が二人にそう言うと、ラッドとイワンは顔を見合わせてから肩を竦めた。

 

 「確かにそれは葛藤があるね……でも、アルの今の強さなら子供にしては戦えると思うけどね。剣のランクはいくつになった?」

 「29かな、まあラッドやイワンに比べたら高いけど、爺ちゃんは93とかだからなあ」

 「怖っ!? 死神って呼ばれるだけあるなあ……その人がなんかあったら確かに不安ちゃあそうだな」

 「はい、授業を始めますよ」

 「っと、また後でな」


 ミーア先生が部屋に入って来て授業が始まる。

 どうするかな……学校はとりあえず卒業するとして――

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